とどヶ埼灯台
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| 本来の表記は「魹ヶ埼灯台」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。 |
| 魹ヶ埼灯台 | |
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| 位置 | 北緯39度32分54秒 東経142度04分19秒座標: 北緯39度32分54秒 東経142度04分19秒 |
| 所在地 | 岩手県宮古市 |
| レンズ | 三等大型フレネルレンズ |
| 灯質 | 単閃白光 毎15秒に1閃光 |
| 実効光度 | 530,000カンデラ cd |
| 光達距離 | 20.0海里(約 37 km) |
| 初点灯 | 1902年(明治35年)3月1日 |
| 管轄 | 海上保安庁第二管区海上保安本部(釜石海上保安部) |
魹ヶ埼灯台(とどがさきとうだい)は、本州最東端の地として知られる岩手県宮古市の魹ヶ崎(北緯39度32分 東経142度04分)に位置する灯台である。「魹」の字が難しいことから、「とどヶ埼灯台」と表記されることもある。
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[編集] 特徴
北海道に向かう船舶にとって、大きな目印になる灯台であり、三陸海岸にある灯台の中でも一際明るい。南から魹ヶ埼灯台を過ぎると、間もなく宮古湾が大きく口を開け、夜になると、湾奥に美しい宮古市の夜景を見ることができる。
1957年(昭和32年)に発表された映画『喜びも悲しみも幾歳月』(木下惠介監督)は、魹ヶ埼灯台で7年間を過ごした灯台守の妻である田中キヨの手記をもとに製作された。
日本の灯台50選の認定を受けている。
[編集] 歴史
魹ヶ埼灯台は明治35年(1902年)に建てられたが、太平洋戦争で焼失。その後、昭和25年(1950年)に再建された。
以前は灯台守が灯台に家族と共に住んで灯台を管理していたが、1966年(昭和41年)3月には宮古市の職員が宿直をして管理するようになった。
平成8年(1996年)3月に無人化され、宮古市小山田の岩手航路標識事務所から職員が時々見回りに来るのみとなった。
[編集] 道のり
灯台までは徒歩でしか通行できず、入口より 3.8 km 、徒歩でおよそ1時間の道のりである。入り口付近のみ舗装されているが、その先は傾斜のある無舗装の道が続くため、灯台を目指す際は、底の厚い靴、長袖長ズボンを着用することが望まれる。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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