つるべがおかず

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

つるべがおかずとは、ABCラジオ朝日放送)で土曜深夜、1993年4月1998年12月にかけて放送されていた、笑福亭鶴瓶がメインパーソナリティーを務めるラジオ番組である。1990年10月~1993年4月には、『鶴瓶・青春のアンコール』というタイトルであったが、途中からこのタイトルに変更、内容的には連続している。

本項では『青春のアンコール』時代についても記述する。

[編集] 概要

原則として生放送。また、月1回の割合でスタジオに観客を入れて公開生放送行っていた。この公開生放送は「福島道場」と称された。

[編集] 番組の変遷

『青春のアンコール』時代に多かったのは、元フォークシンガーで今は京都の喫茶店のマスターという、鶴瓶の親友の中村行延を迎えての、電話生リクエスト(中村がリクエスト曲を生でギターで弾き語りする)や、スタジオでのフォークライブなどの企画。電話はサブスタジオで受けずスタジオ直通だったが、鶴瓶の機転で大きな問題にはならず。鶴瓶のトークとフォークライブという組み合わせは、後にABCテレビの『ねごとの穴』へと引き継がれる。

番組中期には「全国制覇」と称し、大阪発の番組の電波を電離層の反射や、あるいは当時のゆうせんなども利用して、受信した人からの電話を受け付け、最初につながったリスナーを城主と命名、47都道府県のすべてを網羅しようという企画を行い、見事達成した。この頃の共演は中村行延、浅川美智子オセロ大阪キッズなど。

番組後期にも、鶴瓶が当時同じ松竹芸能の若手であったオセロやのイズ(後に解散)を呼んで共演した。オセロとの共演は今の「きらきらアフロ」へとつながっている。

スポンサーは、『青春のアンコール』時代は当初ダスキン・松下電器産業(現・パナソニック)だったが、後にダスキンの一社提供となり、ダスキン降板後は点天(一口餃子のチェーン店)となった。
『つるべがおかず』時代となってからは引き続き点天の一社提供だった(番組で電話のつながったリスナーには点天の一口餃子がプレゼントされたこともあった)。なお、点天は番組終了後に鶴瓶が再登板した「MBSヤングタウン日曜日」でもスポンサーを務めた。後期からは点天に加えダイエーも提供となったが、ダイエーの経営不振により番組が終了した。

また、番組途中にあったダイエーの催し紹介のコーナーでは、読みを担当する浅川美智子が「地下鉄谷町線 出戸駅を上がった所にあります、ダイエー出戸店…[1]」と発したあとに必ず笑い、出演者もそれに釣られて笑うと言うのがこの番組の名物となっていた。

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 実際の店名は「ダイエー長吉店」である。
個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス