つつじが丘 (横浜市)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
つつじが丘は、神奈川県横浜市青葉区の地名。郵便番号は227-0055である。
青葉台に隣接し、環状4号線の東側に、国道246号の南側に広がる町域である。最寄駅は、東京急行電鉄田園都市線青葉台駅である。また、東名高速道路が南に隣接するさつきが丘を通っており、横浜青葉インターチェンジから近い。
目次 |
[編集] 概要
環状4号および国道246号に隣接したつつじが丘は、その北東部は企業の社宅など比較的集合住宅が多いものの、それ以外のエリアは小高い丘になっていると同時に戸建て住宅が多く、閑静な住宅街を形成している。かつては丘と雑木林だけの農村地区だったが、東急グループ主導の多摩田園都市開発構想によって当時の鉄道新線(東急田園都市線)沿線のニュータウン化が計画され、昭和40年代はじめからは開墾が進み、都心方面への通勤者のベッドタウンとして宅地化が進んだ。宅地化の波と第二次ベビーブームが重なり人口が急激に増え始めたのもこの時期からである。
昭和50年代には町内の児童の数が急速に増加したため、横浜市立つつじが丘小学校では就学児童の人数が定員を大幅に超え、校庭にプレハブの臨時校舎を建てて児童を受け入れていた時期もあった。また、都心から至近距離ということもあって昭和末期のバブル期には地価が上昇した。バブル期以降は比較的所得の高い世帯が流入しはじめ、急速にビバリーヒルズ化が進んだ。 元は丘陵地帯だったところを宅地造成したため平坦な地は少なく、坂道が多い。町内には、緑に囲まれたつつじが丘公園(通称・ロケット公園)や、つつじが丘第四公園があり、地域の人々の憩いの場になっている。
[編集] 沿革
- 1868年(慶応4年)6月17日 - 廃藩置県により神奈川府を設置。神奈川府都筑郡恩田村となる。
- 1868年(明治元年)9月1日 - 神奈川府が神奈川県となり、神奈川県都筑郡恩田村となる。
- 1889年(明治22年) - 都筑郡長津田村、奈良村と合併し、都筑郡田奈村大字恩田となる。
- 1939年(昭和14年)4月1日 - 横浜市に編入し、新市域の一部より港北区となる。また、大字が町となり、横浜市港北区恩田町となる。
- 1964年(昭和39年) - 恩田町の一部よりつつじが丘を新設。横浜市港北区つつじが丘となる。
- 1969年(昭和44年)10月1日 - 港北区から緑区が分区。横浜市緑区つつじが丘となる。
- 1994年(平成6年)11月6日 - 港北区と緑区を再編し、青葉区と都筑区を新設。横浜市青葉区つつじが丘となる。
[編集] 地区の人口
- 2005年9月末現在(つつじが丘):4935人
[編集] 関連項目
|
|||||||||||