しなの (列車)
| (ワイドビュー)しなの | |
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「(ワイドビュー)しなの」
(2007年5月) |
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| 運行鉄道事業者 | 東海旅客鉄道(JR東海) |
| 列車種別 | 特急列車(エル特急) |
| 運転区間 | 大阪駅・名古屋駅 - 長野駅 |
| 経由線区 | 東海道本線・中央本線(西線)・篠ノ井線・信越本線 |
| 使用車両 (所属区所) |
383系電車(神領車両区) |
| 運転開始日 | 1968年10月1日 |
| 備考 | 2010年3月13日現在 |
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この表について
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しなのは、東海旅客鉄道(JR東海)が大阪駅・名古屋駅 - 長野駅間を東海道本線・中央本線・篠ノ井線・信越本線経由で運行する特急列車(エル特急)である。
本項では、名古屋駅 - 塩尻駅間(中央西線)で運転されていた優等列車についても記述する。
目次 |
[編集] 概要
篠ノ井線・信越本線を管轄する東日本旅客鉄道(JR東日本)管内では唯一のエル特急である。2011年3月現在、在来線における定期昼行特急の最長距離(長野駅 - 大阪駅間、441.2km)の列車である。
特急「しなの」は、1953年に名古屋駅 - 長野駅間で準急列車として運転を開始し、当初は毎日運転の不定期列車であったが、1956年11月に定期列車化された。1959年には新型車両を投入して急行列車に変更され、所要時間も1時間短縮された4時間40分前後になった。1965年頃には、中央西線でも特急列車を運転しても採算がとれるほどの需要があったが、急勾配であるために高出力のエンジンを搭載した気動車の開発が必要なことから、キハ91形が試作されて試験が行われた結果、高出力特急気動車のキハ181系が新製投入され、1968年10月から特急列車化された。
1973年5月に中央西線が電化されると、7月からは振り子式車両の381系が投入されて電車化が開始し、1975年3月から全列車が電車で運転されるようになった。
列車名は、長野県の大部分の旧国名である信濃国が由来となっている。
[編集] 運行概況
2012年3月17日現在の運行概況は次の通り[1]。
定期列車は、名古屋駅 - 長野駅間で12往復、大阪駅 - 長野駅間で1往復運転されている。臨時列車では、松本駅発着する列車や大糸線白馬駅発着の列車が運転されることがある。定期列車の列車番号は基本的に1000M+号数で、大阪駅発着の列車のみ、2000M+号数である。
長野県や岐阜県東部(中央本線中津川駅以北や篠ノ井線区間)の山間部を通過するため、山地の局地的な大雨、また冬季は積雪の影響で遅延することが多い。またそれ以外の時期でも、単線区間の行き違いや、塩尻駅での中央東線からの列車の接続待ちなどの影響により、数分の遅れが発生することが日常化している。なお、本列車群のみならず、追い越しなどの関係で大雨や積雪などとは直接の関係がない名古屋地区での中央線の快速列車と普通列車や、多治見駅で接続する太多線の列車、さらには大阪駅直通の9号・16号の場合、乗り入れ先の西日本旅客鉄道(JR西日本)アーバンネットワーク各線にまでもその遅れの余波が及ぶことが多い。
日中において、JR東日本・JR東海・JR西日本と、本州3社を跨いで運転している唯一の列車であり、夜行列車を含めても、「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」とこの列車のみである。
[編集] 停車駅
大阪駅 - 新大阪駅 - 京都駅 - 米原駅 - 岐阜駅 - 名古屋駅 - (金山駅) - 千種駅 - 多治見駅 - (恵那駅) - 中津川駅 - (南木曽駅) - (上松駅) - 木曽福島駅 - 塩尻駅 - 松本駅 - (明科駅) - (聖高原駅) - 篠ノ井駅 - 長野駅
- ( )内は一部の列車のみ停車。
中部国際空港の開港以前は、JR東海の東海鉄道事業本部管内における乗降客数が名古屋駅に次いで多い金山駅を、本列車群はすべて通過していた。その後、中部国際空港方面などへの連絡も兼ねて、金山駅には2005年3月1日の改正で上下各1本のみ停車するようになり、現在は上り1本・下り3本のみ停車している。かつては中部国際空港方面へ自社の子会社であるJR東海バスが名古屋駅発着のリムジンバスを運行し、本列車群もこのリムジンバスとの連絡乗車券が発売されていたが、ライバルの名鉄特急の利便性および定時性に太刀打ち出来なかった事から、2006年9月にリムジンバス自体が廃止されている。
[編集] 使用車両・編成
| 表・編・話・歴・PJR・PJRN・C | ||||||||||||||||||
| (ワイドビュー)しなの | ||||||||||||||||||
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← 長野
名古屋・大阪 →
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中央西線を中心に急曲線が多いことから、振り子式車両(制御付き自然振り子式)の383系が使用されている。東海道本線では台車の振り子機能は使われていない(同区間は振り子式車両の運転が少なく、架線の張り方が振り子式車両向けにはなっていないため)。なお、JR西日本管轄区間では、新快速などとともに130km/h運転を行っている。
383系は1995年から使用されており、6両編成での運転が基本で、長野向き先頭車は非貫通形のグリーン車となっている。利用状況に応じて増結されることがあるが、増結用編成は長野向き先頭車が貫通形グリーン車の4両編成と、普通車のみで長野向き先頭車が貫通形の2両編成の2種類があり、最大10両両編成で運転される。多客期以外は、増結用編成のみ(4両+2両)で定期運用にほぼ毎日入っているほか、臨時列車には、増結用の4両編成のみの運用もある。どの列車でも、グリーン車は最低1両は組み込まれている。
なお、同系列を使用する列車は「ワイドビューしなの」と案内・報道されることが多いが、これは「ワイドビュー形車両を使用するしなの号」の意を表す通称であって、列車名は「(ワイドビュー)しなの」、または単に「しなの」と表記・呼称するのが正しく、これはほかのワイドビューの列車も同様である。
いずれの編成も、大阪・名古屋向きの先頭車は貫通形の普通車である。
[編集] 過去の使用車両
特急列車化された1968年にキハ181系が投入され、1973年に中央本線が電化されることにより381系の運用も開始し、1975年まではキハ181系と381系の両方が使用されていた。181系は食堂車が連結された10両編成で、電車運転を行う381系とサービス面で差別化していたが、1975年に全列車が381系に統一された。その後、1995年に383系が導入されて以降は381系の運用を減らし、1996年には臨時列車のみに使用されることになった。2003年10月に臨時列車における381系の運用も終了し、381系「しなの」は35年の歴史に終止符を打った。
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気動車特急時代に使われた181系のキハ181-1
(佐久間レールパーク 2008年8月15日)
[編集] 担当車掌区所
塩尻駅がJR東日本とJR東海との境界駅であるため乗務員はこの駅で交代する。また、大阪駅発着の1往復は名古屋駅で交代するほか、米原駅で西日本旅客鉄道(JR西日本)に入るため、この駅でJR西日本の乗務員に交代する。なお一時期、JR東日本・JR西日本乗り入れ区間も含めてすべてJR東海の車掌が担当していたこともある。また、JR東日本の車掌も名古屋まで乗務していた。現在でもJR東海所属の乗務員がJR他社区間の乗務を担当する列車は新幹線を含めても「南紀」(新宮駅 - 紀伊勝浦駅間で運転士・車掌とも)だけである。2009年3月14日現在の担当車掌区所は次の通り。
- JR西日本
- JR東海
- JR東日本
[編集] 車内販売
車内販売はJR東海パッセンジャーズが担当し、またしなの2・3・6・8号には塩尻‐中津川間で塩尻駅駅弁販売のカワカミの社員による車内販売も営業している。但し、大阪駅発着列車については大阪駅 - 名古屋駅間は車内販売はなく、1・4・23・25号および臨時列車は全区間で車内販売の営業はない。また、383系基本編成には清涼飲料水の自動販売機が設置されている車両があるが、付属編成には設置されていない。
2012年3月17日ダイヤ改正からの車内販売営業区間は名古屋駅 - 塩尻駅間に変更されている[2]。
[編集] 利用状況と競合交通機関
利用客は名古屋圏・京阪神方面からだけでなく長野県の南北を連絡する地域輸送も担い、木曽郡・中信地方から県都長野市にかけての利用も多い。自由席は2両しかなく、増結時でも自由席車両の増結は行わないため、慢性的に混雑している。
高速バス、特に中央道高速バス(名古屋 - 松本線・名古屋 - 長野線)と競合関係にある。高速バスに対してはスピード面、定時性で優れているものの、料金面などで劣っている部分もあり、対抗策として、回数券(「自由席特急回数券」・「指定席特急回数券(しなの号利用)」)や「信濃路フリーきっぷ」などの特別企画乗車券を発売している。しかし、高速バス側も回数券などさらなる割引を設定し、激しい競争に晒されている。
[編集] 中央西線優等列車概略
中央西線で運転されていた夜行列車「ちくま」「おんたけ」「あずみ」「彩雲」については「ちくま (列車)」を参照
[編集] きそ
中央西線で最初の優等列車として、1947年6月に名古屋駅 - 松本駅間で運転を開始した準急列車である。夜行列車として設定され、ビジネス客や観光客からの人気が高く、1958年から1961年にかけて増発されている。増発分の列車は1962年までに「赤倉」や「きそこま」「おんたけ」に分離されて、1往復のまま1966年に急行列車化された。1968年10月に中央西線の急行列車の統一により「きそ」に統合されて一挙に7.5往復にまで増加した。
1972年からは下り列車の一部が直江津駅まで普通列車として直通運転が行われ、1973年に名古屋駅 - 塩尻駅間の電化が完成すると「きそ」の削減が始まり、1982年11月には1.5往復にまで減少して1985年3月に廃止された。
[編集] きそこま・つがいけ
「きそこま」は木曽地域から長野市への利用客の不便を解消するために、運転を開始した列車で1962年12月に準急列車として運転を開始した。当初は下り列車のみであったが、1966年3月に急行列車化され、同年10月から1年間は上り列車も運転されていた。
「つがいけ」は名古屋と大糸線沿線を結ぶ不定期列車として1966年10月に名古屋駅 - 信濃森上駅間で運転を開始し、いずれも1968年10月に中央西線の急行列車の統一により「きそ」に統合されたが、一方で、「つがいけ」の人気は高く1970年7月に再び名古屋駅 - 南小谷駅間で不定期列車であるが「つがいけ」1往復が運転開始され、翌年1971年には2往復に増発された。
1973年に「つがいけ」の1往復に165系を投入して定期列車化され、グリーン車も連結されるようになったものの、1982年11月に廃止された。
列車名は、「きそこま」は木曽山脈(中央アルプス)の最高峰である木曽駒ヶ岳の通称、「つがいけ」は長野県北安曇郡小谷村に広がる栂池高原が由来となっている。
[編集] 信州
名古屋駅 - 長野駅間で1961年10月から1966年3月まで運転されていた急行列車で、1961年10月に「しなの」の姉妹列車として運転されていた。1963年10月に「しなの」に統合されて廃止された。
[編集] 中央西線優等列車沿革
[編集] 戦後の展開
| しなの | ||||||||||||
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← 長野
名古屋 →
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- 1950年(昭和25年)10月:名古屋駅 - 名古屋駅間の夜行準急801・802列車が805・806列車に変更。
- 1953年(昭和28年)11月11日:名古屋駅 - 長野駅間で準急「しなの」が運転開始。
- 1954年(昭和29年):準急「きそ」の一部の車両が名古屋駅 - 新宿駅間を直通運転。
- 1959年(昭和34年)
- 9月22日:夜行準急に「きそ」の列車名が付与される。
- 12月13日:「しなの」にキハ55系気動車が投入され、急行列車に変更。
- 1961年(昭和36年)
- 3月1日:不定期列車の「きそ」が1往復増発され、3往復になる。
- 10月1日:ダイヤ改正により、次のように変更。
- 「きそ」の塩尻駅 - 新宿駅間が廃止。
- 「きそ」の1往復が「おんたけ」に改称され、2往復になる。
- 名古屋駅 - 長野駅間で急行「あずみ」が運転開始。
- 「しなの」にキハ58系気動車が投入。
- 名古屋駅 - 長野駅間を運行する急行列車として「信州」(しんしゅう)の名称が与えられる。
- 1962年(昭和37年)12月1日:ダイヤ改正により次のように変更。
- 1963年(昭和38年)10月1日:「信州」が「しなの」に統合されて廃止され、「しなの」は2往復になる。
- 1964年(昭和39年)12月1日:「きそこま」が急行列車化。
- 1965年(昭和40年):1974年までの毎年(1966年・1972年を除く)、夏の臨時列車として名古屋駅 - 茅野駅および小淵沢駅間の東西直通ダイヤが設定される。その中には小海線・飯田線直通列車もあった。
- 1966年(昭和41年)3月5日:ダイヤ改正により、次のように変更。
- 「きそ」が急行列車化。
- 「しなの」が1往復増発され3往復になる。
- 「きそこま」に長野駅 → 中津川駅間の列車が増発され、1往復になる。
- 名古屋駅 - 信濃森上駅間で「つがいけ」が運転開始。
- 1967年(昭和42年)10月1日:ダイヤ改正により、次のように変更。
- 「きそこま」の長野駅 → 中津川駅間の列車が「しなの」に統合され、多治見駅 → 長野駅間の運転になる。これにより「しなの」が1往復増発され、4往復になる。
- 「しなの」にキハ91形が投入される。
[編集] 特急「しなの」設定後
| しなの | ||||||||||||||||||
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← 長野
名古屋 →
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- 1968年(昭和43年)10月1日:「しなの」にキハ181系が投入され特急列車化。中央西線の急行列車が「きそ」に統一され、「きそ」は8.5往復になる。
- 1971年(昭和46年)4月26日:大阪駅 - 長野駅間の急行「ちくま」の昼行列車が「しなの」に統合され、「しなの」は3往復になる。名古屋駅 - 信濃大町駅間で季節列車として急行「つがいけ」が運転開始。
- 1973年(昭和48年)
- 7月10日:名古屋駅 - 塩尻駅間の電化によるダイヤ改正により、次のように変更。
- 「しなの」の一部列車にの381系が投入。2往復のみはキハ181系で残される。
- 「しなの」が5往復増発されて8往復になる。
- 「きそ」の2往復に165系電車が投入。
- 「つがいけ」1往復に電車が投入され、定期列車になる。
- 10月:「しなの」に自由席が設置され、エル特急になる。
- 7月10日:名古屋駅 - 塩尻駅間の電化によるダイヤ改正により、次のように変更。
- 1975年(昭和50年)3月10日:「しなの」の全列車が381系で運転されるように。
- 1976年(昭和51年) - 1977年(昭和52年):東海道新幹線のリフレッシュ(日中の大規模保線)工事実施日に、大阪駅 - 名古屋駅間で代替のため、「しなの」の停車駅が増加。
- 1978年(昭和53年)10月2日:「しなの」が1往復増発され、9往復になる。
- 1982年(昭和57年)11月15日:ダイヤ改正により、次のように変更(1982年11月15日国鉄ダイヤ改正)。
- 「つがいけ」が特急列車され、「しなの」に統合されて廃止。「しなの」は名古屋駅 - 白馬駅間の1往復が増発され、10往復になる。
- 「赤倉」に電車が投入される。
- 1985年(昭和60年)3月14日:ダイヤ改正により、次のように変更(1985年3月14日国鉄ダイヤ改正)。
- 「きそ」が廃止。
- 「赤倉」の運転区間が松本駅 - 新潟駅間に変更し、列車名を「南越後」(みなみえちご)と変更する。
- 1986年(昭和61年)7月19日・20日:急行「たてしな」が臨時列車として名古屋駅 - 小淵沢駅間を169系8両編成で運転。
[編集] 国鉄分割民営化後
- 1988年(昭和63年)3月13日:ダイヤ改正により、次のように変更。
- 「しなの」にパノラマ型グリーン車を連結した381系が運転開始。
- 「しなの」が6往復増発されて、16往復になる(このうち5往復は不定期列車)。
- 1995年(平成7年):ワイドビュー車両383系電車による臨時列車が運転開始。
- 1996年(平成8年)12月1日:長野駅発着列車が383系に置き換えられ、同使用列車が「(ワイドビュー)しなの」として運転開始。名古屋駅 - 長野駅間を最短2時間43分で運転。「しなの」は381系による臨時列車として運転されるようになる。
- 1997年(平成9年)10月1日:長野新幹線開業と在来線特急「あさま」「白山」の廃止、在来線区間(軽井沢駅 - 篠ノ井駅間)のしなの鉄道への移管に伴い篠ノ井駅が停車駅になる。
- 2001年(平成13年)9月8日・9日・15日・16日:臨時特急「あずさ木曽号」が、183系9両編成により東京駅(8時18分発)→ 上松駅(12時46分着)間で運転される。中央本線の特急列車として、また国鉄分割民営化後初の東西直通運転となる。
- 2003年(平成15年)10月1日:急行「ちくま」が臨時列車に変更。「しなの」が廃止され、「(ワイドビュー)しなの」に統一される。
- 2005年(平成17年)3月1日:金山駅に上りの早朝1本・下りの夜1本のみが停車する。また3月25日 - 9月25日の間は2005年日本国際博覧会(愛知万博)開催に伴い、会場最寄り駅である八草駅(会期中は「万博八草駅」)のある愛知環状鉄道線に接続する高蔵寺駅に4往復が停車。
- 2007年(平成19年)
- 2008年(平成20年)
- 2009年(平成21年)6月1日:「しなの」が全車禁煙になる。
- 2010年(平成22年)12月4日:特急「いなほ」の運転区間短縮により、「しなの」16号が在来線定期昼行特急列車最長距離になる。
[編集] 脚注
- ^ 『JR時刻表』2012年3月号、交通新聞社。
- ^ 車内販売のご案内(在来線特急列車) - 東海旅客鉄道
- ^ a b 三宅俊彦・寺本光照『時刻表に見る〈国鉄・JR〉列車編成史』JTBパブリッシング、2011年。ISBN 978-4-533-08344-0。
[編集] 参考文献
- 寺本光照『国鉄・JR列車名大事典』中央書院、2001年。ISBN 4-88732-093-0。
- 今尾恵介・原武史『日本鉄道旅行歴史地図帳 -全線・全駅・全優等列車- 7号・東海』新潮社、2010年。ISBN 978-4-10-790041-8。
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