さつきが丘 (横浜市)
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さつきが丘は、神奈川県横浜市青葉区の地名。郵便番号は、227-0053である。
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[編集] 概要
神奈川県横浜市青葉区の青葉台に近く、横浜環状4号のすぐ東側に、また東名高速道路沿線・港北パーキングエリア近くに広がる町域である。最寄駅は、東京急行電鉄田園都市線青葉台駅、JR横浜線の十日市場駅(横浜市緑区)である。都心(渋谷)までは、青葉台駅から田園都市線で約40分。
かつては丘と雑木林だけの農村地区だったが、東急グループ主導の多摩田園都市開発構想によって、当時の鉄道新線(田園都市線)沿線のニュータウン化が計画され、1960年代後半からは開墾が進み、都心方面への通勤者のベッドタウンとして宅地化が進んだ。隣接するつつじが丘、しらとり台と比べると、駅からやや離れていたためか宅地化の波が遅れぎみで、1980年代末まで南部には田園風景が広がっていた。しかし、都心から至近距離ということもあってバブル期には地価が上昇した。バブル期以降は比較的所得の高い世帯が流入しはじめ、急速に高級住宅街化が進んだ。町域内には宅地やマンションのほか、横浜市立さつきが丘小学校と、介護福祉士を養成する横浜国際福祉専門学校がある。
宅地化が進んだなか、神奈川県道・東京都道140号川崎町田線を挟んで恩田川沿いの地区には今も閑静な田園風景がわずかに存在し、のどかな風情も残している。
[編集] 沿革
- 1868年(慶応4年)6月17日 - 廃藩置県により神奈川府を設置。神奈川府都筑郡恩田村となる。
- 1868年(明治元年)9月1日 - 神奈川府が神奈川県となり、神奈川県都筑郡恩田村となる。
- 1889年(明治22年) - 都筑郡長津田村、奈良村と合併し、都筑郡田奈村大字恩田となる。
- 1939年(昭和14年)4月1日 - 横浜市に編入し、新市域の一部より港北区となる。また、大字が町となり、横浜市港北区恩田町となる。
- 1970年(昭和45年) - 恩田町の一部と西八朔町の一部より、さつきが丘を新設。横浜市港北区さつきが丘となる。
- 1969年(昭和44年)10月1日 - 港北区から緑区が分区。横浜市緑区さつきが丘となる。
- 1994年(平成6年)11月6日 - 港北区と緑区を再編し、青葉区と都筑区を新設。横浜市青葉区さつきが丘となる。
[編集] 地区の人口
- 2005年9月末現在(さつきが丘):3177人
[編集] 観光スポット・名所・旧跡
- 町域外だが、青葉区内にこどもの国 、寺家ふるさと村、TBSの緑山スタジオ・シティなどがある。また、隣接する緑区には東名高速道路港北パーキングエリアの近くに北八朔公園がある。
[編集] 関連項目
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