こや
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こや(文政12年(1829年) - 天保15年5月10日(1844年6月25日))は江戸幕府十一代将軍・徳川家斉の正室、広大院の御中臈。通称こや、てや、とや。奥医師・桂川甫賢の娘。
[編集] 大火の中での死
天保15年(1844年)に江戸城本丸が焼かれた大火事の際、高齢の御年寄・花町が取り残されるということがあった。
凄まじい炎の前に救出は困難と思われたが、その際彼女は広大院の命を受け、あえて大火の中に飛び込み、花町と共に焼死してしまった。
炎の中へ飛び込む際、近くの奥女中に「この行灯を持っている死体があったらそれは私です」と言い残し、死体には行灯が握られていたという。
その死に様から、彼女は「女中の鑑」と称えられ、このことは天璋院にも伝わったという。