けごん (列車)

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すれ違う東武特急スペーシア100系
(2007年11月3日 姫宮 - 東武動物公園間)
東武特急スペーシア(100系)
(2008年10月30日 春日部駅)

けごんとは、東武鉄道浅草駅 - 春日部駅新栃木駅東武日光駅間を東武スカイツリーライン・伊勢崎線および東武日光線経由で100系電車により運行する特別急行列車(以下・特急と略す)の愛称である。

本項では、東武鉄道が浅草駅 - 鬼怒川温泉駅鬼怒川公園駅および新藤原駅間(浅草駅 - 下今市駅間は「けごん」と同経路)を東武鬼怒川線経由で100系電車により運行する特急列車きぬについても記載する。

「けごん」「きぬ」は使用される100系電車が「スペーシア」と称されていることから、「スペーシアけごん」「スペーシアきぬ」(あるいは総称として「特急スペーシア」など)と案内されることもある。

「けごん」「きぬ」の列車号数は共通の通し番号が付されており(「きぬ」は100番台の号数が付されるが、下2桁は「けごん」との通し番号)、歴史的にも共通の専用車両が用いられている。

運行概況[編集]

けごんきぬの歴史は古く、その前身の無料特急時代を含め、1929年(昭和4年)の東武日光線全線開業時から長らく運行されている。登場当初は一般車両のみ、その後は一般車両に特別席である展望車トク500形客車」を連結して運行されていたが、1935年(昭和10年)には特急用車両であるデハ10系電車が新製投入された。

その後戦時中に一時運休した時期もあったが、戦後間もなくモハ5310形・クハ350形を使用した連合軍専用列車の一部車両を特急「華厳」「鬼怒」として運行再開された。その後は、いずれもロマンスシート完備の「ロマンスカー」として使用車種を製造当時最新型の5700系1700系、1720系「デラックスロマンスカー」と更新し、現在では100系「スペーシア」による「けごん」が下り6本・上り4本、「きぬ」が下り14本・上り16本の計20往復が毎日運行されている(季節運行も含む)。

過去には、「けごん」「きぬ」が運行される東京 - 日光間では、戦後の高度成長期国鉄東北本線 - 日光線との激しい旅客獲得の競争が繰り広げられた。詳しくは本項の「東武日光線優等列車沿革」および別項「国鉄・JR東日本日光線優等列車沿革」を参照のこと。

なお、「けごん」「きぬ」は常に当時の最新型専用車両によって運行され、日光・鬼怒川方面の花形的特急として運行されて来たが、最新型車両の登場により型落ち余剰となった車両によって運行される特急・急行も運行されて来た。この種の特急・急行として現在では300系・350系で運行される定期特急として「しもつけ」(浅草 - 東武宇都宮間、毎日1往復)および「きりふり」(浅草→南栗橋間、平日下り1本のみ)が設定されており、何れも通勤客用ホームライナー的な位置付けのダイヤで運行されているほか、臨時特急の「きりふり」(浅草 - 東武日光間)、「ゆのさと」(浅草 - 鬼怒川温泉・新藤原間)や、企画型臨時列車ではあるが、夜行列車「尾瀬夜行」「スノーパル」(浅草→野岩鉄道会津高原尾瀬口間・下り1本)も運行されている。これらの特急についてはそれぞれの列車項目を参照されたい。

停車駅[編集]

「けごん」・「きぬ」
浅草駅 - <とうきょうスカイツリー駅> - 北千住駅 - 春日部駅 - 〔板倉東洋大前駅〕 - 栃木駅 - (新栃木駅) - 新鹿沼駅 - 下今市駅 -
「けごん」 - 東武日光駅
「きぬ」 - 新高徳駅 - 鬼怒川温泉駅 - 鬼怒川公園駅 - [新藤原駅
  • <>で括ったとうきょうスカイツリー駅は上り全列車と下りは浅草駅を10時以降発車する列車[1]が停車。
  • ()で括った新栃木駅は同駅発着の「けごん」のみ停車。
  • []で括った新藤原駅は同駅始発のみ設定あり。
  • 〔〕で括った板倉東洋大前駅は下り「けごん」1本のみ停車[2]
なお、共通の運行区間内である春日部・新栃木発着の列車愛称は「けごん」である。

使用車両・編成図[編集]

100系「スペーシア」が充当される。車両故障等で300系が使用される場合、サービス面で大きく劣るなどの事情から、特急料金全額払い戻しの措置が執られる。


PJRPJRNC
スペーシア けごん・きぬ
← 浅草
東武日光・鬼怒川温泉 →
6 5 4 3 2 1
C
  • 全席禁煙
  • 春日部駅の乗降口は2号車と5号車のみ。ただし同駅終着列車を除く
凡例


運転日[編集]

東武日光線特急列車については、毎日運行される定期列車とは別にいわゆる旧国鉄JR季節列車・予定臨時列車のように運行があらかじめダイヤ上設定されており、繁忙期となる期間をA期間、閑散期としてB期間の設定がある。そのため、一部列車はA期間のみに運行される。

  • 1996年(平成8年)まで、7月20日はB期間だった。
  • JR直通開始後の不定期運行の臨時列車は主に定員が多い300系・350系使用による「「きりふり」「ゆのさと」の割安な列車が多くなっている。[3]

料金制度[編集]

全列車が座席指定席制を採用しているが、2006年(平成18年)3月17日 までの特急料金が基本となっている。

特急料金は2003年(平成15年)3月19日から値下げされ、乗車日や列車により「平日料金」「土休日料金」と「午後割」「夜割」の制度が設けられている。後者が適用されると従前の急行料金に相当する額で乗車することが可能である。また、後者については列車指定であることからともに出発駅より適用される。

  • 午後割:浅草駅を平日は12時 - 16時台、土曜日・休日は14時 - 16時台に発車する「けごん」「きぬ」
  • 夜割:始発駅を平日は17時以降、土曜日・休日は18時以降に発車する「けごん」「きぬ」

100系「スペーシア」には大人4名まで利用可能なコンパートメント席が設けられており、これには特急料金を含め1区画ごとで発行される。なお、料金は2003年3月19日からの値下げに伴い特急料金同様「平日料金」「土休日料金」を設定している。

連絡列車[編集]

下今市駅3番線に到着した「きぬ114号」連絡の514列車「特急連絡」東武日光発下今市行き
下今市駅4番線に入線する東武鬼怒川線特急1114列車「きぬ114号」浅草行き

下今市駅接続の連絡列車[編集]

東武日光方面と鬼怒川線方面とが分岐・合流する下今市駅では、「けごん」と鬼怒川線方面発着列車、「きぬ」と東武日光発着列車の接続が考慮されている。接続列車には浅草発着の快速・区間快速のほか、下今市発着の列車も設定されている。下今市発着の接続列車はおもに6050系使用の普通列車として運行されているが、「きぬ」へ接続する東武日光発の列車の一部は特急用車両100系「スペーシア」使用の特急「特急車両接続」として運行され、上今市駅を通過する。なお、100系使用の接続列車は、接続対象の「きぬ」の特急券を所持していない者は乗車できない。

かつて、下今市発着の列車は、接続する列車の種別に応じて「特急連絡」・「急行連絡」[4]の種別名で運行されており、鬼怒川線方面発着の特急・急行(当時、現在は特急)列車に接続する下今市 - 東武日光間運行の連絡列車は、ほぼ全ての列車が上今市駅を通過していた。また、東武日光発着の特急列車と接続する鬼怒川線発着列車の一部には、特急停車駅に準じた停車駅で運行される列車もあった。2006年3月18日ダイヤ改正に伴い、接続列車は前述の100系使用の列車を除き各駅停車での運行となり、2009年6月6日のダイヤ改正で、各駅停車で運行される接続列車は「普通」と案内されるようになった。

野岩鉄道・会津鉄道接続列車[編集]

1986年昭和61年)10月9日野岩鉄道会津鬼怒川線が開業した後は、東武特急が鬼怒川温泉駅などで野岩鉄道の列車と短時間で接続するダイヤを組んでおり、東武伊勢崎線・東武日光線・東武鬼怒川線沿線と会津鬼怒川線、さらには会津鉄道会津線、JR只見線を経由して福島県会津若松市会津若松駅に至る沿線間の旅客利便性に寄与している。

1990年平成2年)10月12日に会津線会津高原(現在の会津高原尾瀬口) - 会津田島間が電化された後は、浅草から会津田島まで直通する快速急行「おじか」→急行「南会津」が運行されるようになった。「南会津」は会津高原で会津線快速「AIZUマウントエクスプレス」に接続していた。

2005年(平成17年)2月28日付けで急行「南会津」が廃止された後は、快速「AIZUマウントエクスプレス」・「AIZU尾瀬エクスプレス」が鬼怒川線に乗り入れ、鬼怒川温泉駅で特急「きぬ」と接続するダイヤに変更された。

また、2006年(平成18年)3月16日のダイヤ改正でJR直通特急「(スペーシア)きぬがわ」が新設された後は、毎日2往復運転される「AIZUマウントエクスプレス」の1往復が鬼怒川温泉駅で「(スペーシア)きぬがわ」と接続するダイヤに変更されている。

東武日光線優等列車沿革[編集]

東武日光線旧急行・快速急行列車沿革も合わせて参照されたい。

戦前・日光線開業と特急新設[編集]

  • 1929年昭和4年) - 日光線全線開業により週末限定で「特急」の運行を開始。
    • 運行区間は浅草(初代、現在のとうきょうスカイツリー) - 東武日光間で、途中停車駅は杉戸(現在の東武動物公園)・新古河(初代)・下今市だった。速達サービスの対価として特急券を発売しなかったことから、2009年現在の東武鉄道の「快速」に相当する格の列車であり、また専用車両も特に設定されていなかった。
    • また、運行距離は135kmと100kmを超すものであり、このような長距離での電車による運行は当時鉄道について最先端をいくとされた関西でも大阪電気軌道・参宮急行電鉄(現在の近畿日本鉄道1930年 - )程度しか例がなかったため、その点でも画期的だった。
  • 1930年(昭和5年) - 伊勢崎線直通列車と杉戸駅での増解結で運行する「急行」の運行開始。また、特急に展望車トク500形」の連結開始。
    • 運行実態は「急行」の方が2009年現在の「快速」に近いものである。また、特急に連結された展望車「トク500形」は省線二等車に相当する特別席として設定されていた。定員20名。車内の内装は当時の東海道本線特別急行列車「富士」の展望車に準じたオープンデッキ・サロンを有した造りだった。しかし、車両の構造としては制御装置を持った電車ではなく客車に近いものだったため、常に最後尾に連結せざるを得ず、使用時に際して入れ換えなどをしていたなどと言われる。
  • 1931年(昭和6年):浅草雷門駅(現在の浅草駅)開業により「特急」を毎日運行開始。
  • 1935年(昭和10年):デハ10系が「特急」に就役。
  • 1937年(昭和12年):「特急」が鬼怒川温泉駅に乗り入れ。
  • 1942年(昭和17年):「特急」運行休止。
  • 1943年(昭和18年):「特急」廃止。
    • 「戦時輸送優先により」、沿線に軍需工場があった伊勢崎線・宇都宮線方面への輸送にシフトしたことによる。なお、末期は不定期列車2往復のみとなっていた。

戦後・再開から発展へ[編集]

  • 1948年(昭和23年)6月11日:日本での進駐軍(GHQ連合国軍)の「要請」により「特急」を浅草 - 東武日光間で運行再開。
    • 運行形態としては国鉄二等客車を進駐軍専用車両とし、電車でそれを牽引する形態で、当初は金曜日から日曜日までの1日1往復とされた。
  • 1948年(昭和23年)8月6日進駐軍専用列車の牽引電車に定員制だが「華厳」として一般乗客を乗車させることとし、浅草 - 鬼怒川温泉間の特急として「鬼怒」の運行を再開。
    • この列車に自由定員制の特急券(当時は急行券名義)を設定した。また、進駐軍専用列車以外はロングシート車が充てられた。なお、「鬼怒」は土曜日のみ設定された。
  • 1949年(昭和24年):デハ10系の復旧に伴い全車両を「華厳」「鬼怒」に充当することが可能になり、「華厳」が毎日運行となる。これに伴い下今市駅で「華厳」の分割運転も開始され、浅草 - 東武日光・鬼怒川温泉間での運行となる。また、進駐軍専用列車の運用を終了する。
  • 1950年(昭和25年):「鬼怒」にトク500形展望車連結を再開。
    • 1949年にオープンデッキ方式から密閉式への改造を受けた上で団体用車両として使用されていたが、定期列車用車両として使用を再開したのは同年からである。しかし、5700系の就役に伴い翌1950年には定期列車での使用が中止される。
  • 1951年(昭和26年):5700系就役。この頃より列車名も「けごん」「きぬ」の平仮名表記となる。また新たに鬼怒川線発着の特急に「おじか」、日光線・鬼怒川線併結特急に「さち」の愛称名が付与される。
  • 1952年(昭和27年):急行券の制度を座席指定制に変更。
  • 1953年(昭和28年):5700系の増備に伴って余剰となったモハ5310形・クハ350形を用いて(有料)急行列車の運行を開始する。
  • 1956年(昭和31年):特急専用車両として1700系の運用を開始。
    • この時設定された日光線発着特急に「きりふり」「たかはら」(「たかはら」は鬼怒川線発着併結列車にも使用された)、鬼怒川線発着特急に「ゆのはな」の愛称名が付与された。
      • 特急停車駅:浅草 - 下今市 - 東武日光・鬼怒川温泉
      • 運行本数:浅草 - 東武日光間(特急毎日4往復、急行毎日2往復)、浅草 - 鬼怒川温泉間(特急毎日3往復、急行平日1往復、土日は2往復)
  • 1957年(昭和32年):1700系を増備し特急専用車両を同系に統一。また「けごん」に浅草 - 東武日光間ノンストップ列車の運行(朝下り3本、夕上り1本)を開始。営業最高速度を95km/hから105km/hへと引き上げる。
    • これには1956年に運行を開始した国鉄日光線準急日光」に対抗するための輸送量と速度の向上ということが理由として挙げられる。
  • 1958年(昭和33年):「準快速」運行開始。
    • この頃の下今市から先の特急接続はバス連絡であった。
      • 特急停車駅:浅草 - 下今市 - 東武日光・鬼怒川温泉
      • 運行本数:浅草 - 東武日光間(特急毎日3往復、急行平日2往復日曜は3往復)、浅草 - 鬼怒川温泉間(特急毎日3.5往復、急行平日1往復土曜は3往復)
  • 1959年(昭和34年):秋季より浅草 - 東武宇都宮間運行の有料急行が廃止となった。
    • 東武宇都宮線の有料急行列車愛称として使用された「しもつけ」は、その廃止後、鬼怒川線発着急行の愛称として使用された。また同じく鬼怒川線発着の特急に新たに「かわじ」の愛称が使用された。
      • 特急停車駅:浅草 - 下今市 - 東武日光・鬼怒川温泉(下り東武日光行きと上り東武日光発最終1本は下今市通過)
      • 運行本数:浅草 - 東武日光間(特急平日3往復土日は4往復、急行平日2往復休日は3往復)、浅草 - 鬼怒川温泉間(特急平日下り3本上り5本土日は下り4本上り6本、急行平日1往復土曜は3往復)

DRCの登場と東武特急の繁栄[編集]

1720系DRC 「けごん」
1720系DRC 「きぬ」
東武博物館に静態保存される1720系DRC
  • 1960年(昭和35年):1720系DRCが特急に就役。
    • この新車投入は、1959年に国鉄が「日光形」157系を準急「日光」に投入し時間短縮と客室居住性向上を図ったことへの対応策であり、折からの世界規模の国際観光ブーム到来や4年後に開催された東京オリンピックに対応するための外国人観光客対策でもあった。なお、本車両の詳細は車両記事項目を参照。
  • 1962年(昭和37年):1720系の特急に「けごん」「きぬ」の愛称を専属で付与され、上り・下りとも「けごん」「第2けごん」のように2番目以降の列車に番号を振った。
    • 東武日光発着特急に、新たに「ようめい」の愛称が使用された。
    • 同時に1720系使用列車の営業最高速度を110km/hに引き上げた。
      • 特急停車駅:浅草 - 下今市 - 東武日光・鬼怒川温泉(東武日光発着の1往復は下今市通過)
      • 運行本数:浅草 - 東武日光間(特急平日4往復土日は3往復、急行平日下り2本上り1本休日は下り3本上り2本)、浅草 - 鬼怒川温泉間(特急平日下り4本上り2本土日は下り4本上り3本、急行平日下り3本上り4本土曜は4往復)、浅草 - 赤城間(急行毎日3往復)
  • 1963年(昭和38年):上りの特急・急行の全列車を、営団日比谷線(1969年からは千代田線も)および都心方面へ直通する国鉄常磐線との乗り換えのために北千住駅への停車を開始。
  • 1964年(昭和39年):1720系運行列車を「D特急」とし、1700系運行列車を「特急」という種別呼称を使用する。「D」は1720系の通称「デラックスロマンスカー」 (DRC) の頭文字である。
    • 後に6000系は5700系とともに急行列車にも使用される。
      • 特急停車駅:浅草 - 東武日光、浅草 - 鬼怒川温泉 - 鬼怒川公園
      • 運行本数:浅草 - 東武日光・鬼怒川間(特急平日計10往復土日は11往復、急行毎日2往復)、浅草 - 赤城間(急行毎日4往復)、浅草 - 葛生間(急行毎日1往復、赤城発着便に併結)、浅草 - 伊勢崎間(急行毎日1往復、赤城発着便に併結)
      • 料金:D特急300円、特急200円、急行100円
  • 1967年(昭和42年):東上線池袋 - 寄居 - 羽生 - 杉戸 - 東武日光間の臨時列車として「にっこう」が運転される。
    • 高度経済成長により自動車産業等の内陸工業が隆盛した伊勢崎線方面への急行列車が大幅増発された。
      • 特急停車駅:浅草 - 東武日光、浅草 - 鬼怒川温泉 - 鬼怒川公園
      • 運行本数:浅草 - 東武日光・鬼怒川間(特急平日計10往復土日は11往復、急行平日2往復休日3往復)、浅草 - 赤城間(急行毎日下り7本上り6本)、浅草 - 葛生間(急行毎日上り1本)、浅草 - 伊勢崎間(急行毎日1往復、赤城発着便に併結)
  • 1969年(昭和44年)3月21日:列車の発車順に付与される番号を改変し、上りを偶数、下りを奇数とする。
    • 6月11日付けで「D特急」「特急」から「A特急」「B特急」と種別呼称を変更する。この時点でB特急列車の列車名を東武日光発着を「なんたい」、鬼怒川公園発着を「たかはら」と統一。
  • 1969年(昭和44年)9月27日:不定期列車として大宮発着の急行「りゅうおう」「きりふり」の運行を開始する。
    • 「りゅうおう」は鬼怒川温泉行で土曜日に下りのみ運行、「きりふり」は東武日光行で日曜・祝日を中心に運行され、途中岩槻駅・春日部駅・下今市駅に停車した。なお、春日部駅ではスイッチバックが行われた。
  • 1971年(昭和46年):1700系による特急の運転を終了し、すべての特急が1720系による運行となる。なお、1700系も1720系と同様の車体に改められて再び特急として使用されることになる。
  • 1972年(昭和47年)11月11日:不定期列車としての「りゅうおう」「きりふり」の運行を終了する。なお、廃止以降も散発的に団体扱いで運行されることがあった。
  • 1973年(昭和48年):新栃木 - 東武日光間に一部残っていた単線区間が複線に復旧。
    • これにより、下り「けごん」のノンストップ列車は浅草 - 東武日光間を1時間41分で走破し、表定速度は80km/hを超えた。
      • 特急停車駅:浅草 - 下今市 - 東武日光(一部下り便は下今市通過、上り全便北千住停車)、浅草 - 下今市 - 鬼怒川温泉 - 鬼怒川公園(上り全便北千住停車)
      • 運行本数:浅草 - 東武日光・鬼怒川間(特急毎日計15 - 17往復、急行毎日計2往復)、浅草 - 赤城間(急行毎日15往復、一部便は区間便)、浅草 - 葛生間(急行毎日1往復)
  • 1984年(昭和59年)12月15日:18時15分頃に家中駅付近で17時に浅草を発車した鬼怒川温泉行「きぬ」号が乗用車と衝突する事故が発生。これにより、1756号の前面部と車内および1755号の車内が焼損し、復旧まで1か月を要した。
    • この時期は年末年始の繁忙期だったこともあり、復旧までの代行として5700系6両編成を充当したが、車両性能面やサービス面で1720系と差があり、特に運行ダイヤは1720系のそれに対応できないので、5700系の車両性能に合わせた。そのため、乗客には特急券の払い戻しや、乗車予定者はそれを了解の上で乗車した。
  • 1985年(昭和60年)
    • 1月12日:1756号+1755号の事故復旧工事が完了。
    • 4月1日:1号車が禁煙車に指定される。
  • 1986年(昭和61年)8月26日:ダイヤ改正により一部の下り列車が通過していた下今市駅に全列車停車開始。
  • 1988年(昭和63年)8月9日:ダイヤ改正により新栃木駅・新鹿沼駅に下り6本・上り5本が停車開始。

スペーシアの就役と特急の変容[編集]

  • 1990年平成2年)6月1日:特急専用車両として100系が就役。
    • 公募により「スペーシア」の車両愛称が与えられ、これ以降特急「けごん」「きぬ」の総称としても使用される。この愛称は「宇宙」「空間」を表す"SPACE"と温泉の"SPA"とを合成して固有名詞化させたものである。
    • また、日本のJR以外の鉄道会社では初めて同車両に個室を採用した。
  • 1991年(平成3年)8月31日:1720系が退役。翌9月1日から特急はすべて100系で運転。
  • 1993年(平成5年)4月1日:禁煙車が1・2号車となる。
  • 1994年(平成6年):日光線内の営業最高速度を120km/hに引き上げる。
  • 1997年(平成9年)3月25日:ダイヤ改正により以下のように変更する。
    1. 特急・急行の全列車を定期券での利用可とする。日光・鬼怒川方面への直通観光客が減少し、代わりに途中駅での区間利用者が増えたため。
    2. 北千住駅にすべての下り特急・急行が停車開始。これは同駅の改良工事完了に際して下り1番線ホームの小菅駅方に特急・急行専用ホームを新設したことによって実現。
    3. 新藤原行を新設。
  • 1999年(平成11年)3月16日:ダイヤ改正により以下のように変更する。
    1. 春日部駅に朝と夜間を中心に下り9本・上り10本の列車が停車開始。従来急行までは停車していたが、急行自体の本数が少ないことや野田線を介して大宮方面からの乗客を見込んで設定。駅員による特急券確認のため乗降口を2号車と5号車に限定する。それに伴い、客室の正面と貫通扉の上部、さらに車内の客用扉にはそれを案内するステッカーが貼られる。また、ホーム上に特急券自動券売機を設置。
    2. 従来1列車乗車ごととされた特急券に距離制を導入し、浅草 - 春日部間など短距離での区間利用を促進させる方策を採る。
    3. 新藤原行を廃止。
  • 2001年(平成13年)3月28日:ダイヤ改正により以下のように変更する。
    1. 春日部駅に全列車停車。ただしドア扱いの限定は継続される。
    2. 新高徳駅に全列車停車。
    3. 新栃木駅から栃木駅停車に変更し、下り8本・上り9本の停車開始。これは両毛線東武宇都宮方面からの乗客を見込んで変更。
  • 2002年(平成14年)11月:特急・急行料金の特割(値下げ)キャンペーンを実施。
  • 2003年(平成15年)3月19日:ダイヤ改正に伴い以下のように変更する。
    1. 上記のキャンペーンの効果を考慮し、特急・急行料金の値下げが全区間で行われる。
    2. 車掌用携帯端末機の導入に伴い、車内でのきっぷの拝見が省略になる。
    3. 浅草駅の特急・急行ホームにインフォメーションカウンターを設置。乗車の際、ここで特急券等を拝見する。
    4. 夜間に通勤ライナー格の春日部行「けごん」を新設。この列車に限り春日部駅では4番線に到着しすべてのドアが開き、先着した下り列車との接続が取られる。駅員確認後、南栗橋車両管区春日部支所まで回送される。
    5. 栃木駅・新鹿沼駅に全列車停車。
    6. 新栃木駅の停車以外での特急・急行と停車駅に差異がなくなったことや、利用客の掘り起こしのため平日と土曜日・休日料金の導入と「午後割」「夜割」の制度を導入した。しかし、料金制度上「午後割」「夜割」を利用した場合「急行料金で特急に乗車することが可能になる」というアンバランスな状況となった。
    7. 個室料金も値下げしたが、今回より平日と土曜・休日で料金が異なる体系となった。
  • 2005年(平成17年)3月1日:ダイヤ改正により以下のように変更する。
    1. 会津鉄道が運行する「AIZUマウントエクスプレス」が鬼怒川温泉まで乗り入れ、「きぬ」に接続するダイヤを組むこととなる。
    2. 禁煙車が1 - 4号車までとなる。
  • 2006年(平成18年)3月18日:ダイヤ改正により以下のように変更する。
    1. 栗橋駅構内の東武日光線とJR東北本線(宇都宮線)間に新設された連絡線(両社のホーム間に設置)を介し、JR線と東武線を直通運転する特急日光」「きぬがわ」「スペーシアきぬがわ(新宿 - 東武日光・鬼怒川温泉)を新設。
    2. 春日部行「けごん」が新栃木駅まで延長される。また早朝に新栃木発の「けごん」が新設され、同駅発着を示す200番台が付される。これにより同駅の停車が5年ぶりに復活する。
    3. 上記の変更により春日部行「けごん」が新たに新設され時刻も繰り下げられる。
  • 2007年(平成19年)3月18日:全列車・全車両が禁煙となる。
  • 2009年(平成21年)6月6日:ダイヤ改正により早朝に春日部発「けごん」を新設。
  • 2011年(平成23年)12月、100系電車のリニューアルを開始。
  • 2012年(平成24年)
    • 3月17日:上りの全列車と下り4本の「きぬ」がとうきょうスカイツリー駅(同日付で業平橋駅から改称)に停車開始。
    • 10月27日:とうきょうスカイツリー駅を10時以降に発車する列車に対して、同駅→浅草間の乗車に限り特急料金不要で乗車できる措置がとられる。ただし、6号車の個室席は利用できない。その旨は同駅上り側の柱に記されている。当初は東京スカイツリー開業1周年(2013年5月22日)までであったが、好評のため、2014年3月31日まで延長されたのち、通年実施となった。
  • 2013年(平成25年)3月16日:ダイヤ改正により以下のように変更する[5]
    1. とうきょうスカイツリー駅に停車する下り列車の本数が4本から16本に増加。
    2. 春日部発「けごん」の時刻が繰り下げられる。
    3. 早朝の「けごん」1本が板倉東洋大前駅に停車開始。
  • 2014年(平成25年)
    • 4月1日:とうきょうスカイツリー駅を発車する列車に対して、同駅→浅草間の乗車に限り特急料金不要で乗車できる措置がすべての時間帯の列車に拡大。ただし、6号車の個室席は従来どおり、利用できない。
    • 4月30日:東武鉄道が2014-2016年度の中期経営計画で、「新型特急の投入(日光線・伊勢崎線系統)」を発表する。[6]

列車名の由来[編集]

五十音順

脚注[編集]

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関連項目[編集]