けいはんな記念公園
座標: 北緯34度44分50秒 東経135度46分40秒 / 北緯34.74722度 東経135.77778度 けいはんな記念公園(けいはんなきねんこうえん)は、京都府相楽郡精華町精華台六丁目1番地にある公園。関西文化学術研究都市(けいはんな学研都市)建設を記念し、また平安京遷都1200年を記念事業の一つとして、平成7年(1995年)4月に開園した。
学研都市の中核地区の精華・西木津地区に位置しており、周辺には国立国会図書館関西館やけいはんなプラザ等の学研都市の主要施設がある。
なお、けいはんな記念公園は愛称であり、正式名称は「京都府立関西文化学術研究都市記念公園」である。
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[編集] 沿革
- 1978年(昭和53年)9月 - 関西学術研究都市調査懇談会が発足する。
- 1983年(昭和58年)3月 - 関西文化学術研究都市建設推進協議会が発足する。
- 1984年(昭和59年)4月 - 京都府が「関西文化学術研究都市(京都府域)建設基本計画案」を発表する。
- 1986年(昭和61年)6月 - 財団法人関西文化学術研究都市推進機構が設立する。
- 1986年(昭和61年)6月 - 国土庁が「関西文化学術研究都市建設基本方針」を策定する。
- 1987年(昭和62年)6月 - 関西文化学術研究都市建設促進法が公布・施行される。
- 1990年(平成2年)12月 - 南山城のオオタカを守る会が永谷池周辺のオオタカの実態調査を求める要望書を大崎鉄平精華町長に提出する。
- 1991年(平成3年)6月 - 京都府がオオタカの営巣は認められないとする調査結果を発表する一方、永谷池は埋め立てず、学研記念公園の面積を10haから24haに変更することを明らかにする。
- 1993年(平成5年)5月28日 - 京都府が学研記念公園の建設計画を発表する。
- 1993年(平成5年)7月 - 学研記念公園が着工する。
- 1994年(平成6年)9月22日- 学研記念公園の完成式が行われる。
- 1994年(平成6年)9月23日-11月20日 - 学研記念公園で「全国都市緑化きょうとフェア」「けいはんな学研都市フェスティバル94」を同時開催。
- 1995年(平成7年)4月 - 学研記念公園跡地の公園の愛称が「けいはんな記念公園」に決まる。
- 1995年(平成7年)4月28日 - けいはんな記念公園の完成式が行われる。
- 1995年(平成7年)4月29日 - 「けいはんな記念公園」として再オープンする。
- 2006年(平成18年)6月 - 指定管理者制度を導入する。
- 2007年(平成19年)3月 - さえずり小道が開通する。
- 2007年(平成19年)7月 - 水辺の小道が開通する。
- 2007年(平成19年)11月10日 - こもれびの道が開通する。
[編集] 概要
けいはんな学研都市の理念である「自然との調和」をテーマに設計された。24.1haにもなる広大な公園であり、14.1haの自然保全区域と、10.1haの交流施設区域とに大きく分けられている。自然保全区域はもともとあった自然林や永谷池を活かし自然を楽しめる区域であり、交流自然区域は人々の交流を目的に「芝生広場」「谷あい」「日本庭園(水景園)」等が設置されている。また公園のイメージシンボルが「月」であり、水景園は月の新名所となることをめざし、「観月橋」や月を意識させるオブジェの設置されている。
里山の自然が美しい広大な公園であるが、春は桜、夏は木漏れ日、秋は紅葉、冬の雪景色というように、自然と四季が楽しめ、日本の原風景が体感できるように設計されている。また平成18年度より指定管理者制度が導入され民間委託へ変更されたことにより、各種イベントが開催されるようになり活性化している。特に行楽シーズンには多くの人が訪れ、近畿の新しい観光スポットとなっている。
なお、当公園内には1915年に大字南稲八妻に完成した煤谷川から永谷池への随道の通水記念碑とレンガの入口が、移設・保存されている[1][2]。
[編集] 交通
- 鉄道
- 車