けいはんなプラザ
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| けいはんなプラザ | |
|---|---|
| 情報 | |
| 用途 | 文化学術研究交流施設 |
| 設計者 | 日建設計 |
| 施工 | 青木建設、淺沼組、大林組、奥村組、鹿島建設、熊谷組、鴻池組、住友建設、錢高組、竹中工務店、フジタ、前田建設工業、森本組 |
| 建築主 | 株式会社けいはんな、住友記念事業推進委員会 |
| 敷地面積 | 25,720.00m2 |
| 建築面積 | 9,336.69m2 |
| 延床面積 | 40,576.22m2 |
| 竣工 | 1993年4月 |
| 備考 | 第35回BCS賞受賞 |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場
|
| 略称 | |
| 本社所在地 | 〒619-0237 京都府相楽郡精華町光台一丁目7番地 |
| 設立 | 1989年8月2日 |
| 業種 | サービス業 |
| 金融機関コード | |
| SWIFTコード | |
| 事業内容 | けいはんなプラザの設置・運営 |
| 代表者 | |
| 資本金 | 100億円(2005年4月26日現在) |
| 売上高 | |
| 総資産 | 121億9,762百万円(2007年3月期) |
| 従業員数 | |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主要株主 | |
| 主要子会社 | |
| 関係する人物 | |
| 外部リンク | http://www.keihanna-plaza.co.jp/ |
| 特記事項: | |
けいはんなプラザは、関西文化学術研究都市精華・西木津地区にある文化学術研究交流施設。
目次 |
[編集] 概要
官民共同出資の株式会社けいはんなが運営し、ラボ棟、スーパーラボ棟、交流棟の3つのビルから構成されている。ラボ棟には研究施設、郵便局、接骨院などがあり、交流棟には「けいはんなプラザホテル」や京都府立けいはんなホール、アトリウム、レストラン・銀行などがある。
[編集] 日時計
けいはんなプラザが1993年にオープンした際、前庭に設置された[1]。箕原真が設計したもので、針は高さ約20m、長さ約35mのチタニウム製で、文字盤は面積が3,877.86m2あり、文字盤の面積世界一として1994年度のギネスブックに記載された[1][2][3]。当初はアルゴンガス方式の青緑色のレーザー光線を北極星に向けて発射していたが、1996年に装置が故障し、高額な費用がかかるため修理はされないまま放置されていた[1]。
その後、2008年に日本伸縮管の岩本泰一社長がレーザー光線を放っていた時の写真を見て復活させることを思い立ち、名古屋市中心部の公園など新しい照射システムを調査したうえで、精華地区まちづくり協議会でレーザー光線復活計画を提案[1]。
日時計を所有する株式会社けいはんなの承諾を得て、精華地区まちづくり協議会は2010年6月24日に半導体を使っての光線の試験照射を行った[1][4]。
その後、精華地区まちづくり協議会は2010年10月12日にも試験を実施[5]。これに合わせ、けいはんなは1995年から約6年間営業していたビアガーデンを試験と同じ日に復活させた[5][6]。
[編集] 沿革
- 1978年(昭和53年)9月 - 関西学術研究都市調査懇談会が発足する[7]。
- 1983年(昭和58年)3月 - 関西文化学術研究都市建設推進協議会が発足する[7]。
- 1986年(昭和61年)6月 - 財団法人関西文化学術研究都市推進機構が設立する[7]。
- 1986年(昭和61年)6月 - 国土庁が「関西文化学術研究都市建設基本方針」を策定する[7]。
- 1987年(昭和62年)6月 - 関西文化学術研究都市建設促進法が公布・施行される[7]。
- 1989年(平成元年)1月 - 関西文化学術研究都市推進機構が「文化学術研究交流施設の具体化に関する調査」の結果をまとめる[7]。
- 1989年(平成元年)4月 - 文化学術研究交流施設の準備室が大阪市内に置かれる[7]。
- 1989年(平成元年)4月 - 賢人会議において、設置運営会社名を京都、大阪、奈良をやわらかく表現した「けいはんな」とすることが決定する[7]。
- 1989年(平成元年)6月 - 株式会社けいはんな設立発起人会が開催される[7]。
- 1989年(平成元年)8月1日 - 株式会社けいはんな設立 (会長 宇野 收、社長 小林 庄一郎 資本金:27億円 本店設置場所:京都市下京区五条通烏丸東入松屋町438)。
- 1989年(平成元年)8月24日 - 株式会社けいはんなが「文化学術研究交流施設を整備する株式会社」と内閣総理大臣に指定される[7]。
- 1993年(平成5年)4月 - けいはんなプラザ竣工が竣工[7]。
- 1993年(平成5年)4月 - 株式会社けいはんなの本店がけいはんなプラザ内に移転する[7]。
- 2007年(平成19年)11月30日 - 民事再生手続き開始を申し立てる[8]。
- 2007年(平成19年)12月31日 - 大阪地裁が民事再生の手続き開始を決定する[9]。
- 2008年(平成20年)4月30日 - けいはんなが大阪地裁に再生計画案を提出する[10]。
- 2008年(平成20年)7月4日 - 再生計画について債権者による票決の結果、大多数の同意を得る[11]。
- 2008年(平成20年)7月30日 - 大阪地裁が再生計画認可決定[12]。
- 2008年(平成20年)9月19日 - 大阪地裁が民事再生手続き締結を決定する[13]。
- 2008年(平成20年)12月26日 - 住友ホールが京都府立けいはんなホールとなる[14]。
- 2011年(平成23年)1月27日 - けいはんなプラザとセブンイレブン木津州見台1丁目店で行われた改装の完成式典が行われる[15]。改装は、けいはんなエコシティ推進プランの一環として環境省から約6億円の委託費を受けた京都府がけいはんなプラザ、セブンイレブン木津州見台1丁目店、同志社大学京田辺キャンパス知真館1号館を省エネ化したもので、けいはんなプラザでは太陽光発電パネル258枚をけいはんなホールとスーパーラボ棟の屋上に、太陽熱温水パネルを展示棟に設置し、照明約1,590台がLEDに交換された[15]。
[編集] 交通アクセス
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ a b c d e 「レーザー光線 夢色再び けいはんな世界最大日時計 14年前故障 まち活性化へ新調 協議会、あす発射テスト」京都新聞夕刊、2010年6月23日
- ^ 「新山城百景32 けいはんなプラザの日時計 近未来思わすチタンの輝き」京都新聞山城朝刊、2006年9月13日
- ^ 日時計広場・駐車場 - けいはんなプラザ
- ^ 「北極星目指す光 復活へ けいはんなプラザ 日時計から試験発射」京都新聞山城朝刊、2010年6月26日
- ^ a b 「レーザー光線 14年ぶり復活を けいはんなプラザ 世界最大の日時計 企業や住民、チーム発足へ」京都新聞朝刊、2010年10月14日
- ^ 「レーザー復活へ 活性化願い 12日に再試射 精華学研都市」京都新聞山城朝刊、2010年10月9日
- ^ a b c d e f g h i j k l 会社設立の経緯 - けいはんなプラザ
- ^ 「民事再生手続開始の申立てに関するお知らせ」けいはんな、2007年11月30日
- ^ 「民事再生手続開始のお知らせ」けいはんな、2007年12月31日
- ^ 「再生計画案の提出についてのお知らせ」けいはんな、2008年4月30日
- ^ 「再生計画認可決定のご報告についてのお知らせ」けいはんな、2008年7月4日
- ^ 「再生計画認可決定確定のご報告についてのお知らせ」けいはんな、2008年7月30日
- ^ 「民事再生手続終結決定のご連絡」けいはんな、2008年9月19日
- ^ 「京都府立けいはんなホールの指定管理者の決定について」けいはんな、2008年12月19日
- ^ a b 「けいはんなプラザとコンビニ 学研2施設『エコ仕様』 太陽光発電やLED導入」京都新聞朝刊、2011年1月28日