急性腰痛症

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急性腰痛症(きゅうせいようつうしょう、: Low back pain)は、突然腰部に疼痛が走る疾患で、関節捻挫・筋肉の損傷・筋膜性炎症などの症状をいう。

原因[編集]

腰痛とは、腰背部に疼痛が起こることである。一般に腰背部痛の場合は後腹膜臓器の障害、運動器、皮膚の障害、椎間関節の捻挫などが考えられる。後腹膜臓器の内科的な疾患の場合は重篤な場合が多く、腰痛の患者を見たらまずは内科的な疾患の否定を行うべきである。目安として視診で異常がない皮膚の疾患はほとんどない。後腹膜臓器の疾患の場合は安静時痛であり、体動で痛みが軽減しない(例外が膵炎で丸まった方が楽になる)のが特徴である。運動器の疾患の場合は運動痛がメインになるのが特徴である。

整形外科腰痛を主訴に外来受診をする患者は非常に多い。しかし発症時の症状が強烈なわりに予後が良好であり1週間で約半数が、2週間から1か月で約9割が回復していくのが特徴である。家庭医を受診した急性腰痛患者の70パーセントが診断不能で予後が良好でありヘルニアや圧迫骨折などの疾患が約15パーセントであり感染症が原因となるのは1パーセント以下であるという統計がある。すなわち、腰痛のみで運動器の疾患であろうと考えられたら急性腰痛症という診断でNSAIDsを2週間ほど処方し経過観察をするのが一般的である。

整形外科領域で腰痛を起こす疾患[編集]

他にも骨棘、黄色靭帯肥厚など。

注意すべき腰痛症[編集]

腰部脊柱管狭窄症や腰椎椎間板ヘルニアは臨床所見や画像所見でほとんど診断できる。しかし中には整形外科疾患の中にも注意すべき疾患があり列記する。

腰椎分離症
腰椎分離症は若年者における慢性腰痛の原因のひとつであり、思春期のスポーツなどが誘引となっていることが多い。主な症状は腰痛であるが、分離部に増生した繊維性軟骨組織が神経根を圧迫することで下肢症状を示すことがある。
骨粗鬆症性脊椎圧迫骨折
骨粗鬆症性脊椎圧迫骨折は高齢者が転倒した時に、あるいは腰を軽く捻った後に続発する強い急性腰椎症である。受傷直後はX線写真では異常がなくとも経過とともに椎体圧迫が進行する場合がある。損傷した椎体後壁が脊柱管内に膨隆し神経組織を圧迫することもある。
椎体・椎間板炎
腰痛に発熱が伴っているときに鑑別にすべき疾患である。発熱と激しい腰背部痛で発症する急性型、微熱に持続し緩徐に発症する亜急性型、初期は発熱なく夜打つだけの先行型が知られている。血液検査で炎症所見が確認できる。
転移性脊椎腫瘍
脊椎転移が初発症状であることもあり、高齢者では骨粗鬆症性脊椎圧迫骨折と鑑別が必要である。
仙腸関節障害
仙腸関節障害は仙腸関節部の疼痛と患側臀部や下肢のしびれやと鬱といった関連症状を示す疾患である。鼠径部痛や下腹部痛が仙腸関節障害の関連症状で原因が不明としてあつかわれることもある。座位で増悪し、歩行、起立で改善する傾向がある。one finger testやNewton変法が診断の助けとなる。
梨状筋症候群
梨状筋症候群は臀部痛と坐骨神経痛であり、症状の特徴としては座位で増悪し、歩行、起立で改善する傾向がある。梨状筋部でのTinel様徴候やFreiberg testやPace testなども参考になる。画像診断のみで確定診断を行うのは困難である。
腹部、骨盤内の疾患
消化器系の悪性腫瘍、子宮内膜症卵巣腫瘍などの産婦人科疾患、大動脈解離などが腰痛を起こし得る。

赤旗徴候[編集]

可能性が低いとはいえ重大疾患を初診時に見落とすわけにはいかないので赤旗徴候(red flags)となるエピソードを探すのが基本である。赤旗徴候としては以下のものが知られている。

  • 1か月以上続く腰痛
  • 夜間の安静時痛(寝返り時は除く)
  • 50歳以上は、70歳以上は圧迫骨折の頻度が高い
  • 癌の既往
  • 体重減少
  • 脊椎の叩打痛
  • 発熱、細菌感染
  • 外傷の既往
  • 馬尾神経圧迫症状(膀胱直腸障害)
  • ステロイド使用

これらの徴候が見られた場合はさらなる精査が必要だが、該当がなければ画像診断なども不要と考えられている。一月経過して疼痛が持続したら精査を行うという形で十分である。

内科的な疾患の除外[編集]

急性腰痛症として扱うには、腰背部痛を起こす内科学的疾患を除外できればよい。ここではそのアプローチを示す。それ以外の病歴によってその他の疾患が疑えた場合はそれぞれの項目を参照する。癌の既往などは非常に重要なエピソードである。

腰背部痛
腰背部痛のアプローチ
基本的には皮膚、筋骨格系、後腹膜臓器、全身性の疾患を想定し診断していく。絶対に見逃してはならない疾患は内科学的な疾患が多く、整形外科の疾患としては致死的な疾患は少ない。全身性疾患としては、感染性心内膜炎多発性骨髄腫、急性溶血反応(血液型不適合輸血)などがあげられる。
見逃してはならない腰背部痛を起こす疾患
急性圧迫症状を伴う骨疾患や骨髄AVM破裂によるクモ膜下出血膿胸感染性心内膜炎胆嚢炎総胆管結石急性膵炎腎盂腎炎大動脈解離腹部大動脈瘤腎梗塞、急性溶血反応があげられる。整形外科疾患のうち見逃してはならないのは脊髄圧迫を伴うものである。脊髄圧迫は膀胱直腸障害で鑑別すると良い。しびれ位では根症状の可能性が高い。麻痺がある場合は腰痛が主訴にならない。緊急手術となるのは脊髄圧迫による脊髄損傷と馬尾症候群、腹部大動脈破裂と急性大動脈破裂である。基本的には腰背部痛では内科的疾患を見落とさないようにすれば良い。整形外科的な疾患ならば病歴(急性、慢性)や可動域制限(制限がなくても痛みが変化するのかなど)、骨叩打痛、ラセーグ徴候X線写真などをみれば診断がつくことが多い。また、整形外科的な疾患ならば発熱悪寒などは原則として存在しない。
緊急性はないものの注意すべき疾患
癌の骨転移腸腰筋膿瘍椎間板ヘルニア脊椎圧迫骨折脊柱管狭窄症、などがあげられる。上下の椎体同士が接触し、後根神経節を咬んで激しい振動痛や夜間痛がある椎間孔狭窄症も最近注目されている。

神経学的診察[編集]

脊椎、脊髄疾患が想定された場合は神経診断学の知識を用いて解剖学的診断や画像診断を行う必要がある。下肢への放散痛が認められる場合は椎間板ヘルニアが疑わしくなる。腰椎椎間板ヘルニアは9割位がL4/L5椎間板かL5/S1椎間板に起こると言われている。脊髄の解剖学的な特性からL4/L5椎間板の障害ならばL5のみの障害かL5とS1の障害が考えられ、L5/S1椎間板の障害ならばS1のみの障害となる。障害された神経根を調べるには反射知覚筋力を調べるべきである。

反射
膝蓋腱反射:L4神経根が関わっている。これが低下すればL4障害を考える。
アキレス腱反射:S1神経根が関わっている。これが低下すればS1障害を考える。
知覚
L4:脛骨稜(すね)の内側
L5:脛骨稜(すね)の外側。第1指と第2指の間
S1:足のうら、外果の下
筋力
L4:足関節の内反と背屈
L5:足趾の背屈
S1:足関節の外反と底屈、足趾底屈

これらの神経学的所見によって解剖学的診断を行うことができる。より定性的な所見としては根症状をみる誘発試験がある。もっとも有名なのがラセーグ徴候(SLRテスト)と呼ばれるもので仰臥位で膝を伸展した状態で下肢を挙上する。殿部から膝下に痛みを訴えたらL5,S1の根症状ありということになる。挙上した脚の反対側が痛むことがありCrossed SLRという。FNSテストと呼ばれるものもありうつぶせの状態で膝を屈曲し下肢を持ち上げる。L3,L4の神経根が障害されていると大腿前面に痛みがはしる。

鑑別診断[編集]

下肢放散痛を認める場合も椎間板ヘルニア以外の疾患を念頭に置く必要がある。想定する部位としては股関節や骨盤である。股関節疾患の場合は股関節が外旋で拘縮することが多く、仰臥位で内旋障害がある場合が多い。骨盤病変、特に仙腸骨関節を診るにはニュートンの試験が有用である。これは仰臥位で腸骨を左右後方へ圧迫し、恥骨を後方へ圧迫する、続いてうつ伏せで仙骨を圧迫するというものである。痛みを訴えたら陽性で仙骨病変が想定できる。

Newton変法
仙腸関節を圧迫し疼痛が得られれば陽性である。疼痛部位を指で示してもらうone finger法も参考となる。仙腸関節障害で陽性である。
Freiberg test
患側大腿伸展位にて股関節内旋で放散痛を認める場合は陽性。梨状筋症候群で陽性である。
Pace test
股関節を屈曲外転外旋させて抵抗を加えて、疼痛が誘発されれば陽性。梨状筋症候群で陽性である、

治療[編集]

MRIなどで診断がついた場合は手術の適応などが考えられるが、急性腰痛症のみの診断の場合は次のような治療が考えられる。基本的には筋力を鍛えて、痛くならないようにする以外どうしようもなく、サポートをする以外にできることはない。 安静にしていれば人体が持つ自然治癒力により3週間程度-3ヶ月以内に自然に治ることがほとんどである。だが、安静にしていられず治らないうちに仕事などを再開したことで再発してそのまま慢性化してしまう事例も少なくない。手術が必要なのは重度の椎間板ヘルニア(下肢の感覚鈍麻や麻痺症状の酷いもの)や腫瘍などがある場合だけである。激しい「急性腰痛症」であるがゆえに、治療法・施術法は安静にして様子を見るか、安静+湿布+鎮痛剤パラセタモール非ステロイド性抗炎症薬)といった程度で消極的なものが一般的である。

ベッド上安静(2日間〜3日間)
安静にしていることで自然治癒が促される。
痛み止め処方

 急性期には筋肉の緊張と痛みがあるため痛みを取る「トラムセット」  筋肉の緊張をとるために芍薬肝臓等などを利用する方法もある  神経的な痛み(ジンジン・チクチク)には「リリカ」が有効である。  ただ人によって違うことを認識しておくこと。また医師の処方が必要になるので「ペインクリニック」  にて処方してもらうとよいだろう。

湿布
痛みの緩和に効果的。血行の改善を狙ったもので自然治癒が促される。イブプロフェン(ブルフェン®、エスタックイブ)、ジクロフェナク(ボルタレン®)、インドメタシンフェルビナクケトプロフェンなど、NSAIDs(鎮痛消炎剤)を配合した湿布なども医師薬剤師の判断で使用される場合もある。
整体
骨格の歪みを矯正するとした手法だが歪みを伴わない症状が大半な為効果を期待出来がたい。
なお、状態によっては悪化させるおそれが有る。
理学療法
温める、冷やすということだが害はない。
コルセット
治療効果はないがこれがないと動けない患者もいる。
硬膜外注入
仙骨ブロックはあくまで椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症変形性脊椎症などの根症状に適応がある。
椎間関節ブロック

薬物療法[編集]

NSAIDsなど
パラセタモール(アセトアミノフェン)または、NSAIDs(鎮痛消炎剤)を服用することで、痛みが取れるだけでなく、治癒が促される。場合によって筋弛緩薬の併用も考える。NSAIDsの例としては、アスピリンなどのサリチル酸ジクロフェナク(ボルタレン®)、インドメタシン(インダシン®)、イブプロフェン(ブルフェン®、エスタックイブ)、ケトプロフェンナプロキセンピロキシカムなどである。コデイン: Codeine)などの痛み止めもしばしばパラセタモールアスピリンイブプロフェンと共に調合されて使用される場合もある。COX-2選択性が高いセレコックス®もよく用いられる。
筋弛緩薬
ミオナール®やアロフト®が用いられる。筋緊張の改善を期待して処方する。筋緊張の軽減、疼痛の軽減、関節可動域の改善といった効果があるとされる。副作用は眠気、脱力、めまいなど。
ワクニシアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液
ノイロトロピン®が用いられる。痛覚過敏状態の改善を期待して処方する。作用機序は不明であるがプロスタグランジンの生合成に影響を与えないため胃腸障害は出にくい。
ビタミンB12製剤
メチコバール®などが用いられる。末梢神経障害由来のしびれや麻痺の改善に有効である。
プロスタグランジン製剤
プロレナール®やオパルモン®などが用いられる。プロスタグランジンE1誘導体であり腰部脊柱管狭窄症による下肢のしびれや痛みに対して用いる。循環障害の軽快にて症状を緩和させる。軽症から中等症では効果があるが重症例では効果は限定的であり有効率は50%程度とされる。副作用は消化器症状や動悸、ほてりなどである。
抗うつ薬
パキシル®やノリトレン®などが用いられる。下行性疼痛抑制系に作用すること効果があるとされている。三環系抗うつ薬であるノリトレン®なども用いられることもある。
抗不安薬
デパス®などが用いられる。
漢方薬
牛車腎気丸®や八味地黄丸®などが用いられる。八味地黄丸は腰部脊柱管狭窄症に対してはRCTで70%の効果がありNSIDsより有効とされている。牛車腎気丸は八味地黄丸に2つの生薬を配合し効果が増強されている。
抗てんかん薬
ガバペン®などが用いられる。リリカ®と作用機序、効果はほぼ同等とされている。
神経痛治療薬
リリカ®など。

ぎっくり腰[編集]

急性腰痛症の俗称。地方によっては「びっくり腰」とも呼ばれ、欧米ではその病態から「魔女の一撃」(: Hexenschuss)とも呼ばれている。 急性腰痛症と同意語として用いられることがあれば、病院等によっては筋性腰痛症やファセットペイン等に限定して用いられることがある。

急性の筋・筋膜性腰痛(筋性腰痛症)のほか、腰椎椎間板ヘルニア(ようついついかんばん-)、腰椎椎間関節捻挫(ファセットペイン)や仙腸関節性腰痛(せんちょうかんせつせいようつう)などの病態が多いが、稀にスプラング・バック(棘間・棘上靭帯損傷)でも同様の痛みを発する。発生要因等も様々であるが、主に年齢(ヘルニアは若年性だが筋関係は加齢によって好発)や運動不足(急な運動)などが考えられる。なお、腫瘍が原因で起きている場合は、夜間痛・安静時痛が多く起こるので、ぎっくり腰のように損傷事由を特定できる場合は少ない。また最近では、原因を特定できない腰痛を「非特異的腰痛」と呼ぶことがあり、ストレスの影響があるといわれている。

予防策としては、荷物などを持つ際に足場の悪いところで無理な姿勢で持つなどしないように心がけることや、極端に重いものはなるべく持たずに済むように、物の収納の方法などを普段から工夫しておくことも有効である。また、睡眠不足でなおかつ過労ぎみの時なども起きやすいので、そのような労働環境に陥らないように防衛策(作業内容の調整や配置転換の要望、転職など)を講じるのもひとつの方法である。 可能ならば普段から軽度の(過度ではない程度の)運動をして腰まわりから背中にかけての筋肉全体が弱らないようにしておくこともそれなりに有効である。 またゴルフをする人については、ドライバーの飛距離を争うようなプレイのしかた(=背中から腰にかけて極端な負荷がかかる行為)やその目的の練習を避け、他の要素をゆったりと楽しむというのもひとつの予防策になる。

渡辺淳一の小説『愛ふたたび』(幻冬舎)で有賀朋子という弁護士が主人公の元へ治療にやってきて、ヘキセンシュスを「ですから、そのまま訳すと“魔女の一撃”というような意味になりますが」と説明する場面があり、二人は恋人になっていく。

参考文献[編集]