お見立て
お見立て(おみたて)は古典落語の演目の一つ。原話は、文化5年(1808年)に出版された笑話本・「噺の百千鳥」の一遍である『手くだの裏』。 別題は「墓違い」。
主な演者として6代目春風亭柳橋や3代目古今亭志ん朝が、現代では桂歌丸や古今亭志ん輔などが得意としている。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。
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[編集] あらすじ
かつて三人の男を手玉に取り、大騒ぎになりかけたという『前科』を持つ喜瀬川のところへ、若い衆の喜助が飛び込んできた。
「お客ですよ」
「ハイハイ。で、誰?」
「杢兵衛(もくべえ)お大尽です」
「…、え?」
杢兵衛は流山の大金持ち。喜瀬川にばかな惚れようで、自分が嫌われているのをまったく気づかないから始末に負えない。
「そこは商売、なんとか顔だけは…」と喜助に言われても、嫌なものはやはり嫌。
仕方がないので、『花魁が危篤です』と告げ、追い返すように喜助に頼んだが…。
「駄目でした」
「如何してさ?」
「《危篤》って言ったんですが、これがいっこうに怯まないんですよ。それどころか、『病気なら、見舞いに行ってやんべえ』って…」
喜瀬川は唖然。とうとう面倒くさくなって、「『私は死にました』って、あの馬鹿に言って」と命令した。
「花魁は先月の今日、お亡くなりになりました」
「ほんとーか!?」
「息を引き取る時に、『喜助どん、わちきはこのまま死んでもいいが、一目、杢兵衛大尽に会いたいよ』って。ウッ…ウッ…」
花魁に指示されたとおり、湯飲み茶碗のお茶を指先に付け、目を覆うしぐさで目じりにつけて大熱演。
「泣いているのか? 目から茶殻が…」
「え!? ア…さっき、お茶を持ってきたときに、指先についていたのが移ったんでしょう」
悲哀を誘うよう仕草たっぷりで演じたので、お大尽はすっかり信じ込んでしまった。
これで一件落着…かと、思いきや。
「墓参りにいくべ。墓は何処だ?」
困ったのは喜助。喜瀬川に相談すると…。
「かまやしないから、山谷あたりのどこかの寺に引っ張り込んで、どの墓でもいいから『喜瀬川花魁の墓でございます』って言えば…」
お小遣いをあげると言われ、しかたなく大尽を案内して、山谷のあたりにやってくる。
「喜瀬川の宗旨は何だね」
「へえ、その、禅宗で…」
「じゃあ、ここだな」
お大尽がとある寺を指差したので、喜助は覚悟を決めて入っていった。
「お花と線香。ア、線香はなるたけ煙の出るものを、お花は大盛りにして…」
中に入ると、墓がずらりと並んでいる。いいかげんに一つ選んで「へえ、この墓です」。
杢兵衛お大尽、涙ながらに線香をあげ、ノロケを言いながら『南無阿弥陀仏、ナムアミダブツ』…。
「ゲホ…ゲホ…!! 線香のたきすぎだぁ!」
【養空食傷信士、天保三年】
「鼠小僧の死んだ年でねぇか! バカ野郎、墓を間違えやがって…」
「失礼しました、こちらです」
「ったく…ん?」
【天垂童子、安政二年卯年】
「こりゃ、子供の墓じゃねえだか!」
「失礼しました、こちらです」
【故 陸軍上等兵某】
「いってえ本当の墓はどれだ!?」
「へえ、ズラリと並んでおります。よろしいのをお見立てを願います」
[編集] オチの解説
全盛期の吉原には、店の格子の前で花魁が顔見せをする『張り見世』というシステムがあった。 遊びに来た客は、格子越しにその様子を眺めながら、「よろしいのをお見立てを願います」という若い衆の言葉を聴いて、その晩の女性を選んだという。この噺のサゲは、張り見世の前で若い衆が発した言葉が元になっている。張り見世は夕方6時ごろから、お引け(10時過ぎ)までで、引け四ツの拍子木を合図に引き払っていた。
[編集] 茶殻の出る涙
喜助がお茶を使って、涙を流しているように見せかけるシーンの原話は、『堤中納言物語』の一遍である「はいずみ」。同じ吉原を舞台にした「お茶汲み」でも、似たようなシーンが見られる。
[編集] 「幕末太陽傳」にも登場
落語を題材にした川島雄三監督の映画「幕末太陽傳」にも、この噺はサイドストーリーの一つとして取り上げられている。杢兵衛大尽に扮していたのは、市村俊幸だった。詳しくは幕末太陽傳#幻のラストシーンを参照。