おはら祭
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踊り連による総踊り(鹿児島おはら節)
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| 概要 | |
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| イベントの種類 | 踊り |
| 開催時期 | 例年11月2・3日 |
| 初回開催 | 1949年(昭和24年) |
| 会場 | 高見馬場~いづろ~桟橋通り |
| 主催 | おはら祭振興会 |
| 後援 | 南日本新聞社 |
| 最寄駅 | 九州旅客鉄道 鹿児島中央駅 鹿児島市交通局 高見馬場電停 |
| 直通バス | 無 |
| 駐車場 | 無 |
| 備考: 「おはら節」・「鹿児島ハンヤ節」・「渋谷音頭」などが踊り連によって踊られる。 |
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おはら祭(おはらまつり 英:Ohara Festival)は、鹿児島県鹿児島市で例年11月2・3日にわたって行われる祭である。
高見馬場交差点からいづろ交差点を通り桟橋通りまでに2万人程度の踊り連が連なり、「鹿児島おはら節」・「鹿児島ハンヤ節」・「渋谷音頭」などが踊られる。総踊りだけではなく色々な催しが行われる。祭りは本祭りの前夜に行われる夜祭りと本祭りがある。
目次 |
概要 [編集]
もともと戦前から鹿児島市内ではお祭りや盆踊りが盛んであったが、戦火にのみ込まれて多くの祭りは太平洋戦争で中断していた。1945年(昭和20年)3月18日から8月6日にかけて米軍による計8回の無差別空襲で市内の93%が焼失、多くの神社や寺も焼失して祭りどころではなかった[1]。
戦後4年が経った1949年(昭和24年)、鹿児島市制60周年を記念して町の復興に燃える市民の手によって新たに始まったものが「おはら祭」である。スタート当初は自動車仮装パレードも行われていたという。
なお、1983年(昭和58年)には、戦後再建された照国神社の人形市も縁起初市として復活している。
ギャラリー [編集]
渋谷・鹿児島おはら祭 [編集]
渋谷・鹿児島おはら祭(しぶや・かごしまおはらまつり)は東京都渋谷区で行われる祭である。祭踊りパレードは渋谷道玄坂・文化通りで行われる[2]。