おがさわら丸
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| おがさわら丸(初代) | ||
|---|---|---|
| 概歴 | ||
| 建造 | 1979年3月 | |
| 建造所 | 三菱重工業下関造船所 | |
| 現況 | フィリピンに売却 「Princess of the Caribbean」 |
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| 要目 | ||
| 船種 | 貨客船 | |
| 総トン数 | 3,553t | |
| 全長 | 110.5m | |
| 全幅 | 15.2m | |
| 深さ | 6.2m | |
| 機関 | ディーゼル 5,800PS×2基 | |
| 速力 | 21.7kt | |
| 乗客定員 | 1,041名 | |
| 積載貨物 | ||
| 船籍港 | 東京 | |
| 信号符字 | ||
おがさわら丸(おがさわらまる)は、小笠原海運が所有する貨客船。本土(東京)と小笠原諸島(父島)を結ぶ定期航路としては唯一の交通手段である。1979年建造の初代と1997年建造の後継船の2隻が存在する。
目次 |
[編集] 初代
本土復帰後、用船(東海汽船「椿丸」)・中古船(元関西汽船「浮島丸」→「父島丸」)に頼っていた小笠原海運が本航路向けに建造した初の本格定期船で、前年に就航した東海汽船「すとれちあ丸」の準同型船である。時刻表では運航時間28時間30分と表記されていたが、海流や天候などによって往路は29時間程度かかることが多く、復路は東京港の混雑によっては30時間近くかかることもあった。
1等はカプセルホテルのようなベッドのある2人室であり、船内でレンタルビデオサービスを行っていた。2等でもゆれやすい船体下部の部屋は、オフシーズンには娯楽室として使われていた。小さいながらも父島への貴重な交通手段として親しまれ、小笠原で使用されるものはプレハブ住宅やプレジャーボートのほか郵便、現金に至るまで、危険物を除くほとんどの物資を運ぶ文字通りのライフラインであった。船長は甲斐雄一郎。
1997年に同名の後継船就航のため引退した後はフィリピンの船会社に売却され、船名を「プリンセス・オブ・ザ・カリビアン」に変更し、セブ島周辺で活躍しているとされる。
[編集] 2代目
| おがさわら丸(2代) | ||
|---|---|---|
| 概歴 | ||
| 建造 | 1997年2月 | |
| 建造所 | 三菱重工業下関造船所 | |
| 現況 | 就航中 | |
| 要目 | ||
| 船種 | 貨客船 | |
| 総トン数 | 6,700t | |
| 全長 | 131m | |
| 全幅 | ||
| 深さ | ||
| 機関 | ディーゼル 13,500PS×2基 | |
| 速力 | 22.5kt | |
| 乗客定員 | 1,031名 | |
| 積載貨物 | ||
| 船籍港 | 東京 | |
| 信号符字 | ||
1997年2月20日就航。黒潮を横切るため、機関出力を高くしているのが特徴。また、外洋航海となるため揺れ防止のフィンスタビライザーを装着している。標準航海時間が25時間30分であるため、船内にはレストランのほか、スナック、カラオケルーム、ゲームセンターも設置されている。
現役の内航在来型貨客船としては最大・最高速である。
硫黄島の慰霊祭の際には特別に父島より遺族らを乗せて船を出しているほか、年に1回程度南硫黄島などを巡るクルージングツアーも行われている(南硫黄島には上陸できない)。また、八丈島島民の小笠原訪問のため八丈島へ寄港することもある。
なお、当船には代船がないため、ドック入りした場合は、旅客については、かつては東海汽船からかめりあ丸やすとれちあ丸を借用していたが、現在はすとれちあ丸が海外売船されたため、ドックを途中で切り上げて1回運航し、その後残りのドック作業を行うやり繰りをしている。
[編集] 関連項目
- ははじま丸
- 共勝丸
- テクノスーパーライナー
- 小笠原丸(戦前に建造された電纜敷設船。現在のおがさわら丸とは関係がない。)
[編集] 外部リンク
- 小笠原海運 2等乗船券の予約も可能

