いしづち (列車)
| いしづち | |
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8000系電車によるエル特急「いしづち」
(2005年10月13日 予讃線鬼無駅 - 香西駅間) |
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| 運行鉄道事業者 | 四国旅客鉄道(JR四国) |
| 列車種別 | 特急列車 |
| 運転区間 | 高松駅 - 伊予西条駅・松山駅・宇和島駅間 |
| 経由線区 | 予讃線・内子線 |
| 使用車両 (所属区所) |
8000系電車(松山運転所) 2000系気動車 (松山運転所・高松運転所) |
| 運転開始日 | 1963年2月1日 |
| 備考 | 2011年3月12日現在 |
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この表について
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いしづちは、四国旅客鉄道(JR四国)が高松駅 - 伊予西条駅・松山駅・宇和島駅間を、予讃線・内子線経由で運行される特急列車である。
なお本項では、同一経路で運転されている特急「ミッドナイトEXP高松」(ミッドナイトエクスプレスたかまつ)および「ミッドナイトEXP松山」(ミッドナイトエクスプレスまつやま)とともに、予讃線で運転されていた優等列車の沿革についても記述する。
目次 |
[編集] 概要
1988年4月に本四備讃線(瀬戸大橋線)の開業に伴い一本列島と呼ばれるダイヤ改正が行われた。それまで高松駅から愛媛方面に運転していた特急「しおかぜ」の名称が岡山駅発着の列車に使用されるようになり、その代わりとして、高松駅から愛媛方面の特急に「いしづち」が名称が使われ運転を開始した。運転開始当初からエル特急に指定されている。
「ミッドナイトEXP」は、2000年8月に高松駅→伊予三島駅間下りで運転を開始し、翌2001年3月からは松山発の列車も運転を開始した。現在は、高松発の列車名を「ミッドナイトEXP高松」として高松駅→伊予西条駅間で下り1本、松山発を「ミッドナイトEXP松山」として松山駅→新居浜駅間で上り1本で運行されている。
[編集] 「いしづち」の由来
「いしづち」は、愛媛県西条市と久万高原町の境界に位置する日本百名山、日本百景の一つでもある石鎚山に由来している。この名称は、1963年2月1日から1968年9月30日まで小松島港駅 - 松山駅間を運行する準急のちに急行の列車名として使用された。現行の運行区間に用いたのは、1988年(昭和63年)4月10日の瀬戸大橋線開業に伴う四国各線の運行体系を変更したことによる。
2002年に四国をキハ181系が一周するイベントで本列車名は採用され、その時は当時の運行区間である徳島→阿波池田→多度津→松山間で使用された。ただし、表示上は阿波池田行きとして運行された。
[編集] 「ミッドナイトEXP」の列車名の由来
「ミッドナイトEXP高松」「ミッドナイトEXP松山」は、運行する時間帯である深夜を示す英語(Midnight)と急行列車を示す英語(en:Express)を省略したものを組み合わせ、出発地の地名を後に付けている。なお、「ミッドナイトEXP」の設定当時、定期列車名でのアルファベット混じりは異例とされた。
[編集] 運行概況
2011年3月現在、運行本数はJR四国の特急列車の中では最多で、「いしづち」は高松駅 - 伊予西条駅間に上り1本、高松駅 - 松山駅間に下り17本・上り15本、宇和島駅→高松駅間に上り2本、「ミッドナイトEXP高松」は高松駅→伊予西条駅間に下り1本、「ミッドナイトEXP松山」は、松山駅→新居浜駅間に上り1本が運転されている。列車番号は「いしづち」は1000M(2000系は1000D)+号数である。「ミッドナイトEXP高松」は5001D、「ミッドナイトEXP松山」は5004Mである。
運行区間のほとんどが単線区間で列車の増発が困難であることから、宇多津駅(下り1本のみ多度津駅) - 松山駅・宇和島駅の間で岡山駅発着の「しおかぜ」を併結する列車が大半である。併結時の原則として、8000系で運転する列車は「いしづち」が松山側に、2000系で運転する列車は「しおかぜ」が松山側に連結される。どちらの場合でも、岡山・高松側に連結される列車は宇多津駅(多度津駅)の手前で信号待ちを行う。
ただし、ゴールデンウィーク・お盆・年末年始などの多客期は、一部列車を除いて全編成が岡山駅発着の「しおかぜ」として運行される。この列車では宇多津駅 - 高松駅間に代走列車として続行ダイヤを組む「いしづち」が運行されている。
「いしづち」が単独で運行される上り列車の一部は、多度津駅で岡山行の「南風」と接続を行う。
徳島市で阿波踊りが開催される期間中は「ミッドナイトEXP高松」に代わり、徳島駅始発の上高松駅以西の発着時刻を繰り下げた臨時特急「阿波踊り号」が運行される。
なお、この列車では、車内改札が省略されることがある。これは、マルスから得られた発券情報が車掌に送られるためである。そのために車掌室にはプリンターが設置されている。車内改札が省略されるのは、乗車列車に有効な指定席特急券を持ち、記載された号車・座席番号に座っているときである。ただし、自由席に乗車しているとき[1]と、指定券特急券を乗車列車の発車1時間前 - 発車時間までに購入したときは、車内改札が行われる。
「ミッドナイトEXP高松」は2008年3月のダイヤ改正で坂出駅の発車が午前0時を過ぎることとなった。このため同列車では前日の新幹線から乗り継ぐ場合、特例として改正前と同様に特急料金の乗継割引を適用するようにした。なおこの措置は2009年3月改正で坂出発23時59分に繰り上げられたため解消している。
なお、「ミッドナイトEXP高松」用のヘッドマークは用意されておらず、2000系のヘッドマーク表示部は白表示のまま運転され、側面のLED式列車名表示は号車、指定席・自由席の座席区分以外表示がない。なお、同列車は全車両自由席となっている。また、振り子制御装置との連動もあり、車内放送装置、車内案内表示装置は作動する。
[編集] 停車駅
高松駅 - 坂出駅 - (宇多津駅) - 丸亀駅 - 多度津駅 - 〔詫間駅〕 - 〔高瀬駅〕 - 観音寺駅 - 川之江駅 - 伊予三島駅 - 新居浜駅 - 伊予西条駅 - 壬生川駅 - 今治駅 - 〔伊予北条駅〕 - 松山駅←伊予市駅←伊予中山駅←内子駅←伊予大洲駅←八幡浜駅←卯之町駅←伊予吉田駅←宇和島駅
- ( )は単独運転する一部の「いしづち」が通過。
- 〔 〕は日中時間帯の列車が通過。
- 松山坊っちゃんスタジアムのプロ野球等の大規模イベントが開催される場合、「いしづち」の一部が市坪駅に臨時停車する場合がある。
[編集] 使用車両・編成
| いしづち | |||||||||||||
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← 宇和島・松山・伊予西条
高松・岡山 →
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8000系電車および2000系気動車が使用されている。大半は「しおかぜ」と併結を行うため、基本編成は2・3両のモノクラスとなる。ただし、単独運転を行う1往復(1・32号)はグリーン車を連結した5両編成を使用するほか、朝の通勤列車になる伊予西条始発の「いしづち4号」は平日のみ5両編成(休日は2両編成)である。
宇多津駅で増解結を行わない代走列車には、2000系2・3両編成やキハ185系気動車3両編成(キロハ186形入りや普通車のみ)も使用されていたが、ここ数年は松山運転所の予備編成の8000系電車3両編成1本と高松運転所のキハ185系2両編成2本が使用されている。また、多客期以外でも団体客の予約があると同じことが起き、その場合は時刻表に載らないため、駅の掲示のみで告知される。なお、これらの代走列車は、2006年冬の多客期から全面禁煙になった。
2000系気動車使用列車のうち、2往復(10・13・22・25号)は「アンパンマン列車」として運転されており、併結運転を行う「しおかぜ」の1号車にアンパンマンシートが連結されている[2]。多客時には併結している「しおかぜ」に増結を行い、またゴールデンウィーク・お盆・正月には宇多津駅での連結及び解放作業なしで、7号車を全席指定席とし、岡山駅 - 松山駅間を8両、松山駅以西を8両(10号のみ)か5両で運転しているため、高松駅方面とは臨時の「いしづち」として多度津駅 - 宇多津駅間の各停車駅で乗り換えとなる。
「ミッドナイトEXP高松」は、2000系5両編成(休前日は2両編成)で全車自由席として運転されている。
「ミッドナイトEXP松山」は、2011年3月11日から8000系5両編成で運転されている。以前は8000系3両編成で運転されていた。
なお、2010年3月12日まで1号車に女性専用席が設けられていたが、同月13日のダイヤ改正により廃止された。また、2011年3月12日は喫煙ルームも廃止され、全車禁煙になった[3]。
[編集] 競合バス路線
本路線と競合関係にあるバス路線は、高松市と松山市を結ぶ坊っちゃんエクスプレスで1日15往復運行されている。高松市と八幡浜市を結んでいたさぬきエクスプレス八幡浜は2010年3月31日をもって廃止された。
[編集] 予讃線優等列車沿革
[編集] 戦後の展開
- 1948年(昭和23年)7月1日:このころ、高松桟橋駅 - 松山駅間に、夜行準急列車として、2003・2004列車が設定される。この列車には土讃本線高知駅発着の編成を連結しており、多度津駅で増解結をおこなっていた。なお、この時期にはまだ列車名がなく、列車番号での表記とする。
- 1950年(昭和25年)10月1日:このときのダイヤ改正により、以下の列車が設定された。
- 1951年(昭和26年)
- 1953年(昭和28年)
- 1955年(昭和30年)5月12日:5月11日に発生した紫雲丸沈没事故により、宇高連絡船における乗客の安全確保のため客車航送を中止。
- 1956年(昭和31年)11月19日:高松桟橋駅 - 宇和島駅間に準急「いよ」が新設。
- 1957年(昭和32年)3月20日:準急「いよ」が定期化。
- 1958年(昭和33年)11月1日:高松桟橋駅 - 松山駅間を運行する気動車準急列車として「やしま」を新設。四国初の気動車による準急となった。
- 1959年(昭和34年)
- 1960年(昭和35年)
- 2月15日:準急「やしま」は準急列車「いよ」と統合し廃止。また、「いよ」に高松駅 - 松山駅間を運行する1往復を増発。なお、増発した1往復および旧「やしま」は気動車を使用。
- 10月1日:「いよ」に高松駅 - 松山駅間を運行する1往復を増発。合計4往復となった。
- 1961年(昭和36年)
- 4月15日:「四国内鉄道近代化」としての気動車化の伸長により以下のように変更。
- 10月1日:後年、「サンロクトオ」と称されるダイヤ改正により、以下のように変更。
- 宇高連絡船を介して本州側の新設特急列車に連絡する形に急行列車を設定しなおす。
- 高松駅 - 宇和島駅間運行:「四国」
- 宇野駅にて東京駅発着「(下り)第1・(上り)第2富士」に接続。なお、この改正で上りは全区間急行として運行とした。
- 高松駅 - 松山駅間間運行:「道後」(どうご)
- 宇野駅にて大阪駅発着「うずしお」に接続。「いよ」1往復を格上げする形で設定。
- 高松駅 - 宇和島駅間運行:「四国」
- 「いよ」、「道後」設定により、1往復を減じ5往復での運行。
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- これらは特急としても計画されたが利用見込みがわからないことや運転距離が短いことなどから急行になった。しかし停車駅などを整理した結果最速列車の高松 - 松山間の表定速度は当時の気動車急行としては異例の66,6キロを記録し、高松 - 松山間の所要時間は2時間40分に短縮された。[4]。
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- 宇高連絡船を介して本州側の新設特急列車に連絡する形に急行列車を設定しなおす。
[編集] 小松島港 - 松山直通準急・急行「いしづち」
- 1962年(昭和37年)4月12日:小松島線小松島港駅 - 高知駅間を徳島本線・土讃本線経由で運行する準急列車として、「阿佐」(あさ) を新設。この「阿佐」の内、(上り・下りとも)2号には多度津発着の編成を連結していた。
- 1963年(昭和38年)
- 1964年(昭和39年)10月1日:「えひめ」全車両座席指定制を解除。自由席を設けた。
- 1965年(昭和40年)
- 1966年(昭和41年)
- 3月5日:準急制度の見直しにより、「いしづち」「予土」「いよ」「うわじま」「いしづち」急行列車に格上げ。
- 10月1日:「道後」運行区間を宇和島駅まで延長。列車名を「せと」に変更。
- 1968年(昭和43年)10月1日:後年「ヨンサントオ」と称されるダイヤ改正により、以下のように変更。
- 急行列車の運行区間を見直し。「うわじま」 8往復うち夜行列車1往復、「いよ」松山駅発着下り5本、上4本、伊予西条駅始発上り1本の5往復とした。
- 「せと」、東京駅 - 宇野駅間夜行急行列車との誤解を防ぐため列車名を「うわじま」に変更。
- 「いしづち」「予土」廃止。
[編集] 特急「しおかぜ」設定後
- 1972年(昭和47年)3月15日:山陽新幹線開業に伴うダイヤ改正。
- 1975年(昭和50年)3月10日:このときのダイヤ改正により、急行列車の運行体系を変更。なお、「うわじま」・「いよ」の総運行本数に変更はなかった。
- 「うわじま」下り1本の高松駅 - 松山駅間を廃止。また、2往復を八幡浜駅 - 宇和島駅間普通列車に格下げ。
- 「いよ」上り1本の松山駅 - 伊予西条駅間を廃止。
- 1977年(昭和52年)3月15日:「うわじま」を格上げする形で「しおかぜ」高松駅 - 宇和島駅間1往復増発。「しおかぜ」4往復、「うわじま」7往復(うち1往復は夜行列車)とした。
- 1980年(昭和55年)10月1日:「うわじま」・「いよ」運行区間・運転時間を見直し。
- 1982年(昭和57年)11月15日:「うわじま」「いよ」運行区間・運転時間を見直し。「うわじま」下り1本の運行区間を短縮し、「いよ」とする。「うわじま」下り5本、上り6本とし、「いよ」下り7本、上り4本とする。
- なお、このとき夜行列車として運行していた「うわじま4号」の普通列車区間を松山駅まで拡大。「いよ2号」に変更する。
- 1985年(昭和60年)3月14日:「いよ」1往復廃止。下り6本、上り4本とする。なお、夜行列車「いよ2号」は廃止。
- 1986年(昭和61年)
- 3月3日:内子線全通、予讃本線枝線接続に伴い、従来向井原駅 - 伊予大洲駅間を経由する特急・急行列車は伊予長浜駅経由から内子線内子駅経由に変更。なお、運行本数に従前のそれとの変更はなかった。
- 11月1日:このときのダイヤ改正により、以下のように変更。
- キハ185系気動車の登場により、急行「いよ」、「うわじま」を格上げする形で「しおかぜ」を9往復増発し、13往復運転とする。うち、高松駅 - 宇和島駅間5往復運行。同時に「エル特急」に指定。
- ちなみに、気動車特急のエル特急指定は「やくも」の電車化による気動車列車廃止以来、4年4ヶ月ぶりとなった。
- 「うわじま」2往復廃止。「うわじま」下り3本、上り4本の運行とした。
- 「うわじま」上り列車は今治駅行き1本を除き松山駅着とし、下りは「うわじま」1号は高松駅 → 宇和島駅間(八幡浜駅 → 宇和島駅間普通列車)、新居浜駅発「うわじま」3号、松山駅発「うわじま」5号とした。
- なお、夜行列車であった「うわじま」1号の末期は宇高連絡船最終便に接続する形で運行されていたため、高松駅0時台に出発して運行されていた。
- 「いよ」下り5本、上り3本廃止。「いよ」1往復のみの運行とした。
- キハ185系気動車の登場により、急行「いよ」、「うわじま」を格上げする形で「しおかぜ」を9往復増発し、13往復運転とする。うち、高松駅 - 宇和島駅間5往復運行。同時に「エル特急」に指定。
[編集] 瀬戸大橋開業後
- 1988年(昭和63年)4月10日:瀬戸大橋線開業に伴う、ダイヤ改正。
- 予讃本線エル特急の系統を以下のように整理。
- 岡山駅発着エル特急「しおかぜ」。5往復 うち、宇和島駅発着は下り1本、上り2本
- 高松駅発着エル特急「いしづち」。9往復 うち、宇和島駅発着は下り3本、上り2本。
- 急行列車は以下のように変更。なお、急行列車は四国内での運行となり、瀬戸大橋線を経由して本州へ直通する列車は設定されなかった。
- 急行「いよ」は2往復に増便。
- 夜行急行「うわじま1号」は全区間普通列車に格下げ。これにより「うわじま」は高松駅乗り入れは終了。「うわじま」下り4本、上り5本とし、新居浜駅発「うわじま1号」を除き、松山駅 - 宇和島駅間の運行とした。
- 予讃本線エル特急の系統を以下のように整理。
- 1989年(平成元年)7月22日:ダイヤ改正により、以下のように変更。
- 「いしづち」1往復が多度津駅 - 松山駅間で「しおかぜ」との連結運転とした。
- 「いよ」廃止。
- 「うわじま」1往復の運行区間を岡山駅まで延長し、「しおかぜ」に昇格。「うわじま」下り3本、上り4本の運行とし、うち「うわじま1号」のみ新居浜駅発となった。
- 1990年(平成2年)11月21日:ダイヤ改正により、以下のように変更。
- 「しおかぜ」への2000系振り子気動車投入により、「いしづち」全列車がキハ181系、キハ185系による単独運転に戻る。また「いしづち」1往復減とした。
- 「うわじま」は全列車エル特急「宇和海」に昇格したうえで、松山駅 - 宇和島駅間運行となる。→ 以降は、同列車項目を参照されたい。
- 1992年(平成4年)8月15日:8000系振り子電車が臨時特急「いしづち51・56号」として高松駅 - 新居浜駅間で運行開始。
- 1993年(平成5年)3月18日:「いしづち」全列車振り子電車化。高松駅 - 松山駅間のみの運転になる。なお、3往復が多度津駅多度津駅での「しおかぜ」との分割併合を実施。
- 1994年(平成6年)12月3日:このときのダイヤ改正により、特急運転体制の見直し。
- 「いしづち」高松駅 → 宇和島駅、松山駅 → 高松駅の1往復に2000系気動車投入。「いしづち」1往復増加し、10往復に。
- 多度津駅での「しおかぜ」との分割併合実施列車が下り4本、上り3本に。
- 1996年(平成8年)3月18日:2000系気動車「いしづち」の運行区間を新居浜駅 → 宇和島駅、松山駅 → 新居浜駅に変更。
- 1997年(平成9年)11月29日:このときのダイヤ改正により、特急運転体制の見直し。
- 「いしづち」3往復増発、13往復で運転。うち多度津駅での「しおかぜ」との分割併合を実施する「いしづち」は下り10本、上り9本とした。
- 8000系電車で日中運転される「いしづち」は、すべて岡山駅発着の「しおかぜ」と分割併合を実施。
- このころより、多客時に多度津駅での分割を中止し高松駅 - 多度津駅間を運行するシャトル列車として運行されるケースが多くなる。
- 1998年(平成10年)3月14日:このときのダイヤ改正により、特急運転体制の見直し。
- 「いしづち」3往復増発、16往復で運転。うち多度津駅での「しおかぜ」との分割併合を実施する「いしづち」は下り13本、上り12本に増える。
- 2000系気動車を使用した新居浜駅発着「いしづち」を高松駅 → 宇和島駅、松山駅 → 高松駅に変更。
- 2000系気動車使用の「しおかぜ」「いしづち」でも併結運転を実施。
- 「しおかぜ」の所要時間短縮のため、8000系電車は編成の方転を実施。
[編集] 2000年代での展開
- 2000年(平成12年)
- 3月11日:「しおかぜ」を増発。多度津駅での「しおかぜ」との分割併合を実施する「いしづち」は下り14本、上り13本に増加。
- 8月17日:高松駅 → 伊予三島駅間に「ミッドナイトEXP(エクスプレス)」運行開始。翌朝の折り返し上り特急として伊予三島駅 → 高松駅間の「いしづち」92号も運行開始。
- 2001年(平成13年)3月3日:「ミッドナイトEXP」を増発。高松駅発と松山駅発の運行を開始。
- 高松駅発を「ミッドナイトEXP高松」と名称を変更。同時に伊予西条駅まで運行区間を延伸。折り返し列車は特急「うずしお」として伊予西条駅 → 徳島駅間の運行となった。
- 松山駅発は「ミッドナイトEXP松山」と称し、松山駅 → 伊予西条駅間の上り列車のみ運行し、使用車両は翌朝の岡山駅行き「しおかぜ」に充当。
- 2002年(平成14年)3月23日:「いしづち」「しおかぜ」との分割併合を行う駅を多度津駅から宇多津駅に変更。
- 2003年(平成15年)10月1日:ダイヤ改正に伴い、特急列車の運行系統を変更。
- 伊予西条駅 → 徳島駅間の「うずしお」の系統を分割。伊予西条駅 → 高松駅間は「いしづち」、高松駅 → 徳島駅間は「うずしお」に系統分離。
- 2000系気動車使用の「しおかぜ」と松山駅で併結になる「いしづち」上り1本を平日のみ宇和島駅始発に変更。
- 「いしづち」は下り1本、上り2本増加し、下り17本、上り18本に。また、宇多津駅で分割併合を実施する「いしづち」は下り15本、上り14本に増便。
- 2005年(平成17年)3月1日:特急列車の運行系統を変更。
- 平日のみ2000系気動車「しおかぜ」と併結される宇和島駅始発「いしづち」上り1本を毎日運転に変更。なお、この送り込みとして「宇和海」25号を増発。
- 「いしづち33号」は宇多津駅で「しおかぜ」29号を連結していたのをそれぞれ単独運転に変更し、夜間の予讃線特急の乗車チャンスを増やす。これにより、宇多津駅で「しおかぜ」と分割併合を実施する「いしづち」は14往復とした。
- 2006年(平成18年)3月18日:「ミッドナイトEXP松山」が新居浜駅まで運転区間を延長。
- 2008年(平成20年)3月15日:喫煙ルームを除き全席禁煙となる。
- 2010年(平成22年)
- 3月13日:ダイヤ改正に伴い、特急列車の運行系統を変更。
- 単独運転だった「いしづち33号」を「しおかぜ」29号との併結運転(多度津駅 - 松山駅間)に変更し、宇多津駅で「しおかぜ」と分割併合を実施する「いしづち」は14往復、多度津駅で併合を実施する「いしづち」は下り1本となる。
- 通常期の一部列車(8往復)を3両から2両に減車[5]。同時に女性優先席を廃止[6]。
- 6月1日:1号(2000系4両編成)と3号の車両(8000系5両編成)を入れ替え、ともに松山行きとし(3号は3両編成に減車)、松山駅以西の区間については「いしづち81号」として系統を分割。
- 2011年(平成23年)3月12日:エル特急の指定を解除。喫煙ルームを廃止し、完全禁煙となる。「いしづち81号」を「宇和海」に編入し、松山駅発の「いしづち34号」を宇和島駅発に変更。
- 2012年(平成24年)3月17日:早朝の新居浜駅→松山駅間に毎日運転の臨時「いしづち51号」を新設する予定[7]。
[編集] 列車愛称の由来
- (五十音順)
- 「いよ」:愛媛県の大部分を指す旧国名(令制国)の伊予国(いよのくに)から。
- 「うわじま」:目的地である宇和島市・宇和島駅から。
- 「えひめ」:目的地である愛媛県から。純粋な都道府県名を採用した初例とされている。
- 「しおかぜ」:瀬戸内海の海岸線を運行するため、「汐を含んだ風」を意味するが、「特別急行列車には抽象名を用いる」とする慣例があった際に対岸となる山陽本線特急列車で用いた為、それの再生ともされる。
- 「四国」(しこく):運行区域である四国にちなむ。
- 「せと」:瀬戸内海から。但し、「サンライズ瀬戸」の前身である東京 - 宇野駅間急行列車と同名を与え、乗り継ぎをすることで東京圏との直通を案内する意味合いがあったともされる。
- 「道後」(どうご):愛媛県松山市にある道後温泉から。
- 「やしま」:香川県高松市の景勝地屋島から。上り方となる香川県高松市の地名は珍しいとされる。
[編集] 脚注
- ^ 上り列車では坂出駅発車後特急券の回収が行われる。
- ^ 「アンパンマン列車」の車両検査時には同車両の連結がされないことがある。「アンパンマン列車」の指定席のうち「アンパンマンシート」車両連結の有無は、鉄道情報システムが運営するJR CYBER STATIONなどで確認ができる。
- ^ 平成23年3月ダイヤ改正について - 四国旅客鉄道プレスリリース 2010年12月17日
- ^ 参考文献:大久保邦彦・寺本光照著『名列車列伝』pp.174)。
- ^ 平成22年3月ダイヤ改正について - 四国旅客鉄道ニュースリリース 2009年12月18日。また、時刻表の編成表では同年12月号では従来通りすべて3両の表記に戻されていたが、2011年3月号では2両になっている。
- ^ 『JR四国ニュース』平成22年2月号 「ダイヤ改正のご案内」による。
- ^ 平成24年3月ダイヤ改正について - 四国旅客鉄道プレスリリース 2011年12月16日
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