荒神

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荒神(こうじん)とは、日本の荒ぶる神、悪神の一種。

目次

[編集] 概要

日本の古典にある伝承には、和魂(にぎみたま)、荒魂(あらみたま)を対照的に信仰した様子が記されている。 民間伝承でも、温和に福徳を保障する神と、極めて祟りやすく、これの畏敬(いけい)の誠を実現しないと危害や不幸にあうと思われた類の神があった。後者が一般的な意味での荒神である。後者は害悪をなす悪神であったので、本来これを祀るものはなかった。

仏教の伝来とともに、インドで行われた、例えば夜叉羅刹などの悪神を祀りこれを以って守護神とする風習が伝わった。そして古典上の荒ぶる神の類を、陰陽師(おんようじ)やその流れを汲む祈祷師(きとうし)が、外来教典に基づく神のように説いたことからこの呼び方が普及したのである。

すなわちヒンドゥー教での悪神が仏教に帰依した後に守護神・護法善神とされた風習が、日本の風土でも同じくされたものである。つまり古来からいう荒魂を祀って荒神としたということになる。

[編集] 信仰史

荒神信仰は、西日本、特に瀬戸内海沿岸地方で盛んであったようである。ちなみに各県の荒神社の数を挙げると、岡山(200社)、広島(140社)、島根(120社)、兵庫(110社)、愛媛(65社)、香川(35社)、鳥取(30社)、徳島(30社)、山口(27社)のように中国、四国等の瀬戸内海を中心とした地域が上位を占めている。他の県は全て10社以下である。県内に荒神社が一つもない県も多い。

荒神信仰には後述するように大別すると二通りの系統がある。(三系統ともいう。)屋内に祀られるいわゆる「三宝(寶)荒神」*(1)、屋外の「地荒神」である。

屋内の神は、中世の神仏習合に際して修験者や陰陽師などの関与により、火の神竈の神の荒神信仰に、仏教、修験道の三宝荒神信仰が結びついたものである。地荒神は、山の神、屋敷神、氏神、村落神の性格もあり、集落や同族ごとに樹木や塚のようなものを荒神と呼んでいる場合もあり、また牛馬の守護神、牛荒神の信仰もある。

御祭神は各県により若干の違いはあるが、道祖神奥津彦命(おきつひこのみこと)、奥津姫命(おきつひめのみこと)、軻遇突智神の火の神様系を荒神として祀っている。神道系にもこれら火の神、竈の神の荒神信仰と、密教道教陰陽道等が習合した「牛頭天王(ごずてんのう)」のスサノオ信仰との両方があったものと考えられる。祇園社(八坂神社)では、三寶荒神は牛頭天王の眷属神だとしている。

牛頭天王は、祇園会系の祭りにおいて祀られる神であり、インドの神が、中国で密教、道教、陰陽思想と習合し、日本に伝わってからさらに陰陽道と関わりを深めたものである。疫神の性格を持ち、スサノオ尊と同体になり、祇園会の系統の祭りの地方伝播を通して、鎮守神としても定着したものである。


[編集] 種類

三宝荒神は、「无障礙経(むしょうげきょう)」に説かれているところの a.如来荒神(にょらいこうじん) b.麁乱荒神(そらんこうじん) c.忿怒荒神(ふんぬこうじん)の三身を指すとされたようであるが、偽経とされる説がある。偽経は中国で作成されたお経であり純粋な釈迦の教義とは言いがたいが、熱烈な信者も存在することは確かである。

後世、下級僧や陰陽師の類が、財産をもたない出家者の生活の援助をうけやすくするため、三宝荒神を信仰(帰依)するように説いたことに由来している。像容としての荒神は、インド由来の仏教尊像ではなく、日本仏教の信仰の中で独自に発展した尊像であり、三宝荒神はその代表的な物である。不浄や災難を除去する神とされることから、火と竈の神として信仰され、かまど神として祭られることが多い。これは日本では台所やかまどが最も清浄なる場所であることから、しだいに俗間で信仰されるようになったものである。

荒神の験力によると、生まれたての幼児の額に荒神墨を塗る、あるいは「あやつこ」と書いておけば悪魔を払えると信ずる考え方がある。また荒神墨を塗ったおかげで河童(かっぱ)の難をのがれたという話も九州北西部には多い。

荒神の神棚を荒神棚、毎月晦日(みそか)の祭りを荒神祓(はらい)、その時に供える松の小枝に胡粉(ごふん)をまぶしたものを荒神松、また竈を祓う箒(ほうき)を荒神箒とよんで、不浄の箒とは別に扱う。

地荒神は、屋外に屋敷神・同族神・部落神などとして祀る荒神の総称である。 中国地方の山村や、瀬戸内の島々、四国の北西部、九州北部には、樹木とか、大樹の下の塚を荒神と呼んで、同族の株内ごとにまた小集落ごとにこれを祀る例が多い。山の神荒神・ウブスナ荒神・山王荒神といった習合関係を示す名称のほか、地名を冠したものが多い。

祭祀の主体によりカブ荒神・部落荒神・総荒神などとも称される。旧家では屋敷かその周辺に屋敷荒神を祀る例があり、同族で祀る場合には塚や石のある森を聖域とみる傾向が強い。部落で祀るものは生活全般を守護する神として山麓に祀られることが多い。

樹木の場合は、地主神、作神(さくがみ)であり、牛馬の安全を守るが、甚だ祟りやすい。また祀る人たちの家の火難、窃盗を防ぐというから、三宝荒神の荒神と全然別質のものとも言えない。地荒神にみられる地域差は、その成立に関与した者と、受け入れ側の生活様式の差にあったとみられる。

地荒神も三宝荒神と同様、毎月28日とか、正月、5月、9月の28日に祭りを行う例が多い。あるいは旧暦9月か11月かに、稲作の収穫祭のような感じをもって行われる。頭屋(とうや)制で同族や集落の家々が輪番で祭を主宰する古い祭りの形式を伝えているものがある。

[編集] 仏教における荒神信仰

仏教系では仏・法・僧の三宝を守る神様とされる。荒神の尊像は、三面六臂または八面六臂(三面像の頭上に5つの小面を持つ)であり、不動明王に通じた怒りの形相である。六臂の持ち物はその像によって差異があるが、一般には 右手…独鈷・蓮華・宝塔(五鈷杵・金剛剣・矢)。左手…金剛鈴・宝珠・羯磨(金剛鈴・弓・戟または槍)のような形がとられている。江戸時代には民家の台所には必ずといってよいほど祀られていた。そしてその祀り方は御札あり、御宮あり、幣束もあっていろいろな形がとられていた。

ここにいう三宝とは、

  • 三宝の本質は真理の一体化であるとする(同体三宝の説)
  • 三宝はそれぞれ別のすがであるとする(別三宝の説)
  • 三宝は仏教を維持し伝えて行く上の三宝で仏像と経巻と出家僧の三つを言う説

すなわち仏教で最も尊いものを宝に例えたもの

  1. 仏=仏様:悟りを開き衆生を教え導く者
  2. 法=教え:仏の説いた真理
  3. 僧=お釈迦様の教えを守る人達:仏教教団 と説かれていたらしい。

[編集] 民間習俗における荒神信仰

  • あやつこ(綾子[1])

子供の「お宮参り」の時に、鍋墨(なべずみ)や紅などで、額に「×」、「犬」と書くこと言う。悪魔よけの印で、イヌの子は良く育つということに由来するとされ、全国的にでは無いが、地方によって行われる所がある。


古文献によると、この「あやつこ(綾子)」は紅で書いたとある、だが紅は都の上流階級でのみ使われたことから、一般の庶民は「すみ」、それも「なべずみ」で書くのが決まりであったという。この「なべずみ」を額に付けることは、家の神としての荒神(こうじん)の庇護を受けていることの印であった。東北地方で、この印を書くことを「やすこ」を書くと言う。宮参りのみでなく、神事に参列する稚児(ちご)が同様の印を付ける例がある。


「あやつこ(綾子)」を付けたものは、神の保護を受けたものであることを明示し、それに触れることを禁じたのであった。のちには子供の事故防止のおまじないとして汎用されている。柳田国男の『阿也都古考』によると、奈良時代の宮女には「あやつこ(綾子)」の影響を受けたと思われる化粧の絵も認められ、また物品にもこの印を付けることもされていたらしい。

[編集] 脚注

  1. ^ 漢字表記の出典:広辞苑第五版(版:岩波書店)


[編集] 参考文献

  • 三浦秀宥「荒神」『日本の民俗宗教』3, 1979, 弘文堂 他

[編集] 関連項目


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