あぶさんの登場人物
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あぶさんの登場人物では、水島新司の野球漫画『あぶさん』の登場人物について記述する。
なお、作中に登場する実在の人物については、あぶさん#実在人物を参照。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。
目次 |
[編集] 景浦安武とその家族
- 景浦 安武(かげうら やすたけ)
- 当作品の主人公。福岡ソフトバンクホークスの元外野手。詳細は景浦安武を参照。
- 景浦 サチ子(かげうら さちこ)
- 安武の妻。居酒屋「大虎」の看板娘。旧姓:桂木。身長163cm。生年月日不詳だが、安武が南海に入団した1973年に18歳であったことから、8歳年下と考えると1954年度生まれと思われる。
- 生まれて直ぐに母を亡くす。会った人間(老若男女・国籍問わず)が十人中十人「あぶさんの奥さん、美人ですね」と言うほどの美人だが気が強く、情が厚く、涙もろい。生まれた際、虎次郎は「美人(みと)」と名付けようとしたが、結局サチ子という名前になった。
- 初登場時(18歳)から安武一筋。彼が南海に入団する際は「契約金でツケを返されたら、この店(と自分)との縁が切れてしまう」と嘆き、虎次郎の機転でツケの受け取りを拒否した。独身の頃は人気カメラマンに一目ぼれされるなど、結構いろいろな男からモーションをかけられているが全て礼節をもって断っている。安武との間には1男(景虎)1女(夏子)をもうけている。基本的に大阪弁で話すが、舞などが来た時などは標準語で話す。
- お洒落をすればかなり見栄えのする外見になるが、普段は化粧も控えめ、服も地味なもので、あくまで居酒屋「大虎」の看板娘として振る舞っている。贅沢は好まず、かといって必要以上にケチらず、夫である安武を支え続ける賢婦である。
- 景浦 景虎(かげうら かげとら)
- むらさき幼稚園 - なにわ小 - なにわ中 - 浪花一番星学園高校 - 近鉄(2000年 - 2004年) - オリックス(2005年 - 2006年) - 阪神(2007年 - 2008年) - ソフトバンク(2009年 - )
- 安武とサチ子の長男。福岡ソフトバンクホークスの投手。左投左打。1981年12月17日生まれ(誕生日は安武と同じ)。
- 誕生祝いに訪れた当時の阪神・小津正次郎社長(当時)、祖父・虎次郎の密約で左利きに育てられる。試合で登板すれば、ノーヒットで抑えて当たり前というほどのずば抜けた野球の実力に加え、安武の息子という話題性から小中高と常に注目を浴び、なにわ中学校3年(1996年11月、当時14歳)時に父と同じ福岡ダイエーホークスからドラフト3位で指名される。野球選手としての実力が評価されたのは言うまでもないが、その時は父のアドバイスもあり入団しなかった。その後地元大阪の一番星学園高校に入学し、野球に関しては当初まったくの無名高ながら春・夏の甲子園大会に5度出場して、2度優勝した。主将も務めるなど大活躍する。
- 高校卒業後、父とのプレーを望みダイエーへの入団を熱望するが、1999年のドラフトで抽選によって大阪近鉄バファローズへ入団。鈴木啓示の永久欠番である背番号1を与えられる。2000年に新人王を獲得。父からは放任教育だったが、プロ入り後の度重なる対戦によって打者としての父を知ることとなる。150km/hを超える剛速球と橋本武広から習ったとされる(自分で練習したという描写もある)カーブを武器に好成績をあげ、2000年に1年目で初出場したオールスターでは江夏豊以来となる9連続奪三振を達成している。その後、2003年のオールスターでも9連続三振を達成。2001年にはダイエー戦でノーヒットノーランを達成。
- 2004年シーズンオフ、選手分配ドラフトでオリックス・バファローズに移籍。2005年にはソフトバンク戦(大阪ドーム)で日本球界史上最速の163km/hの剛速球を投げた。オリックスでの背番号は01。
- 2006年シーズンオフ、ランディ広岡とのトレードで阪神タイガースに移籍。阪神での背番号はオリックス時代と同様に01。
- 2008年シーズン前、婚約者の舞と結婚。オフにはFAでのメジャー移籍が取りざたされたが、父の現役続行を聞くと迷わず一転、ホークス入りを決めた。その直後に舞が第一子を出産、その時刻が日付も含めて「1」のゾロ目だったことからホークスでの背番号も01に決まった。
- 父・安武は名前は「上杉謙信の幼名からとった」としているが、正確には「景虎」は謙信の幼名ではなく将軍・足利義輝から「輝虎」の名を貰うまでの諱で、謙信の幼名は「虎千代」。上杉姓を名乗るまでの長尾景虎が正しい。ちなみに新潟には「越乃景虎」という日本酒が醸造されており、これも関連すると思われる。
- 基本的に大阪弁で話すが、まれに標準語(べらんめえ口調)が混じる。非常に男気にあふれた明るく直情的な性格で、父の安武は野球人として尊敬の対象であるとともに常に目の前に立ちふさがり、乗り越えるべき最強の好敵手でもある。
- 景浦 舞(かげうら まい)
- 景虎の妻。大手建設会社「秋葉建設」の社長・連太朗の孫娘。旧姓:秋葉。
- 基本的に丁寧な語調で話すが大阪弁も使えるため、「大虎」の常連客ともあっという間になじんだ。大会社の令嬢だが、気取ったところはなく親しみやすい性格。2008年11月、長男の小虎を出産。
- 景浦 夏子(かげうら なつこ)
- 安武とサチ子の長女で景虎の妹。1984年8月12日生まれ。母親に似て美人。
- 中学2年の時、大阪の芸能プロダクションである淀プロダクションにスカウトされるが、スカウトマンは安武の娘とは知らずにスカウトしている。その後、プロダクション側も安武の娘だと知ることになるが、純粋に夏子と言う少女の才能に惚れ込む。その後、両親も娘の芸能界入りを快く認め、モデル等で活動。
- 高校3年になり、東京に出てタレントになるかそのまま淀プロに所属するか悩む事になるが、最終的には大阪に残り大学に進学しつつ、淀プロでタレントとして活動する事を決める。その後人気急上昇に伴い、大学卒業後は東京に転居することになった。その後、飲食業の男性と結婚して引退、夫婦で店を営む。
- 桂木 虎次郎(かつらぎ とらじろう)
- サチ子の父。通天閣の見える大阪の下町「ほとけ横丁」で居酒屋「大虎」を営む。1925年12月14日生まれ。
- 妻に先立たれ、男手ひとつで娘・サチ子を育て上げた。生粋のタイガースファンで、試合の勝敗によってメニューの割引が行われる。大虎の常連となった安武を気に入り、安武とサチ子の仲が進展するようにさまざまな策を練っていた。安武のことをサチ子と結婚してからは「ムコ殿」と呼んでいる。
- 景虎が産まれてからは孫バカで、一時近鉄・オリックスファンにもなっていた。以前は田淵幸一が西武へトレードされた際に餞別として彼自身から贈られたタイガースのユニフォームをよく着ていた。安武がテストを受けて南海に再入団した時に、自分も新たな気分になるべく店を大改装。キャバレーのような電飾看板を取り付ける。自身もサングラスにオーバーオールというナウい出で立ちになり、周りを仰天させた。現在は景虎と同じ球団(近鉄・オリックス・阪神・ソフトバンク)のユニフォームを着ていることが多い。
- 1985年の阪神優勝を機に店の名を「大虎」から「大鷹」に変えようとするが、阪神タイガース・小津社長(当時)の説得で思い止まる。
- 景浦 安造(かげうら やすぞう)
- 安武の実の父。魚河岸で働いていた。安武は下戸と聞いていたが実は大酒豪で、安武誕生と共にきっぱり断酒した。1952年没。
- 小林 花子(こばやし はなこ)
- 安武の実の母。生年月日不詳。新潟県新潟市中央区学校裏町在住。
- 「女うわばみ」と異名を取り、息子である安武にも勝るとも劣らない酒豪。安造と死別後、満の父と再婚。連れ子の満を実子と同じ深い愛情を注いでいる。なお再婚に際しては「(安武が帰郷しやすい様に)自分の住んでいた家で暮らすこと」を条件にしている。1974年夏、藤井寺球場で行われた高校軟式野球の全国大会に出場した満の応援で来阪。その夜に「大虎」を訪れ安武を取り巻く温かな環境を知り、安心して夜行寝台特急・つるぎに乗る。そのときは虎次郎もサチ子も安武の実母だとは全く気が付かなかった。1978年の自主トレの際はトラックで中百舌鳥に乗りつけ、鰤を土産に広瀬監督らに挨拶している。
- 但し、満が甲子園初戦でサヨナラ負けしたことが描かれている回の最後のコマで身分を明かしていないという設定にも関わらず、「大虎」で「終わったんじゃのお、満の夏も」と身内そのものの発言をしている。
- 小林(こばやし)
- 花子の夫であり満の実父。
- 下戸で温厚な紳士。勤務先は「朱鷺」を製造する酒造会社。趣味は将棋で、大山名人署名入りの駒が自慢。安武とも実の親子同様に心が通じ合っている。定年退職後は書道教室を開く。花子との再婚後、少しずつ酒が飲めるようになる。
- 小林 満(こばやし みつる)
- 日本ハム(1977年 - 1980年) - 南海(1981年 - 1984年) - ヤクルト(1985年 - 1989年) - 西武(1990年 - 1997年) - ダイエー(1998年) - 阪神(1999年 - 2000年) - 近鉄(2001年)
- 安武の義理の弟。オリックス・バファローズのコーチ。1958年度生まれ。
- 1973年暮れに安武と初対面。翌年に軟式の全国大会に出場するも1回戦負け。1976年、監督以下チームメイト等の説得で軟式野球から硬式に転向、強肩強打の外野手として甲子園出場を果たす。甲子園では初戦、最終回無死満塁のピンチにリリーフに立つも大暴投でサヨナラ負け。
- しかし、その肩の地力を日本ハムファイターズの瓜生スカウトに見抜かれ、投手としてドラフト4位で入団。背番号は「景浦安武(90番)を超える」という意味から当時の大沢啓二監督の一言で「91」番となる。ちなみにノンプロ新潟水産に就職が内定していた。1977年のオープン戦、安武との初対決では死球を与える。
- 南海の野村選手兼任監督(当時)は「越後の新米」と絶妙のあだ名をつける。同年は2軍で鍛え、1軍デビューは翌1978年、安武を三振に討ち取り、大沢監督は「これぞ火の玉投手でぇ!」と誇らしげに哄笑する。翌1979年、近鉄戦で連続スクイズによるサヨナラ負けを喫するが、対戦した佐々木恭介も栗橋もバットを折られた挙句の苦し紛れのスリーバントだった。
- 1981年、俵星外野手とのトレードで南海ホークスに移籍。背番号は日本ハム時代と同じ「91」。
- 同年、阪急戦に松本幸行と投げ合い、1-0で勝利。その試合で和子にほのかな恋心が芽生えた。また景虎と夏子の子守をするシーンも多く見られた。
- プロ7年目の1983年、キャンプ途中で肩を痛め、野手に転向。当初は荒れ狂うも必死のリハビリと努力の末、義兄・安武とともに打者として活躍する。
- プロ9年目の1985年、ヤクルトスワローズに移籍(その直前には、プロゴルファーへの転身も真剣に考えていた)。背番号は当時の空き番号「2」。当時の水島作品である『虹を呼ぶ男』ではヤクルトが舞台なため、台詞こそないが後ろ姿で登場している。
- 1989年には倉田洋子と結婚(後に西武への金銭トレードの際に離婚するが、その後復縁する)。
- ホークスでの打者転向以来、スワローズ、ライオンズ(背番号「0」)と主に代打として活躍してきたが、西武ライオンズ時代の1995年、プロ19年目・37歳でオリックスのイチローと同率首位打者に輝き、かなりの遠回り・遅咲きではあるが外野のレギュラーを獲得する。
- その後、1997年オフにFA宣言して、福岡ダイエーホークスに移籍。背番号は「93」。1998年の1年間だけ再び安武と兄弟でプレーし、一時は引退を決意するが、当時の阪神タイガース・野村克也監督の誘いで捕手として阪神に入団(背番号「92」)。その後、現役最晩年には大阪近鉄バファローズに移籍し、甥の景虎とバッテリーを組んだ(背番号は同じく「02」)。
- 2001年オフに現役引退。引退後はオリックス・ブルーウェーブにコーチとして入団。現在もオリックス・バファローズでコーチを勤めている。
- 投手(1977年~1982年)としての6年間は素質の割にはさほど華々しい実績はなく、打者転向後(1983年~2001年)も前半の10年近くを控えの外野手・代打として数球団を渡り歩きながら、後年は首位打者や遅咲きのレギュラーを獲得したり最晩年は捕手に転向して甥の景虎とバッテリーを組むなど、苦労しながらもコツコツと野球を続けて44歳で引退するまでのべ7球団、合計26年間に及ぶ現役生活を勤め上げた。
[編集] 大虎周辺の人々
- 春野 和子(はるの かずこ)
- 旧姓:山田。通称「カコ」。1966年9月2日生まれ。安武が独身時代に住んでいたアパートの隣室に住む小学生として登場。父はおらず母子2人で暮らしていた。幼少時は安武の婚約者を自認し、サチ子にライバル意識を燃やす。ことあるごとに「やすたけェ!」と絶叫していたが現在では安武のことを「あぶさん」と呼んでいる。その後も父、兄として慕ってきた。普段留守がちな安武の部屋を自室としてつかい、猛勉強の末に大阪大学法学部に合格。司法試験にも合格し弁護士として活躍中。新幹線の中で偶然知り合った会社員の春野一(モデルは芸人の「春一番」)と結婚し、長男「安武」を出産。
- 大山 哲矢(おおやま てつや)
- 和子の幼馴染。高校時代大阪大会決勝に出場したが、あと1アウトで甲子園出場が決まる場面で平凡なライトフライを落球しサヨナラ負け。その後、近畿大学からNTT関西で活躍後、一番星学園高校監督となり景虎などを指導し甲子園優勝監督となる。ちなみに、幼少時の容姿はドカベンの殿馬一人の初期デザインに酷似している。
- 高校2年生時は控えであったが3年生時には4番、右翼手として大阪大会決勝では3ランホームランも打っている。
- 羽田 恭介(はた きょうすけ)
- 和子、哲矢を中学1年のときに担任した新米の国語教師。教育熱心な生徒思いだが、こと野球となると人が変わるほどの強烈な近鉄ファン。和子の親代わりとして家庭訪問で景浦と初対面するが、最初は「南海の景浦」とは気付いていなかった。名前は当時近鉄の選手であった羽田と佐々木から。特徴的な牛顔。
- 枡幸 久太郎(ますこう きゅうたろう)
- 「大虎」の常連。1976年のシーズン中に安武が偶然訪れた酒屋「枡幸」の一人息子(酒屋のボン)。通称「ボン」。たまたま持ち合わせが無かった安武に「これを呑んだら許したる」とめちゃくちゃなカクテルを作って強引に飲ませる。その日の日本ハム戦でふらつく体で代打に立ち、高橋一三のインコースがかすってサヨナラ死球となる。以来、「大虎」の常連になる。憎まれ口をたたくことも多い。
- 当初は野球の知識が全くなく、安武の存在も知らないという設定だった。想いを寄せる女性の気を惹くためにオールスターファン投票で安武を出場させようと多くの葉書投票を行ったが、名前を書き忘れるなどのミスをし無効になるなどのエピソードがある。しかし、その後高校時代には補欠ながら野球部員として3年間を過ごしたという設定が登場。高校最後の紅白戦で代打に出されるシーンでバッターボックスの中で「あぶさんや」とつぶやいており、少なくとも高校3年時には安武を知っていたことになる。
- 後に結婚し、景虎の生まれた翌年(1982年)に長男を授かった。
- 山田屋(やまだや)
- 「大虎」の常連。名は不明。弁当屋(時々「べんとう山田屋」と書かれた車が登場したり、他の人から「弁当屋」と呼ばれたりする)。阪神タイガースの力道玄馬(架空の人物)によく似た風貌をしている。チームでは阪急ブレーブスの大ファンだったが、オリックスブレーブス誕生と同時にホークスのファンになった。
- 中島 潔(なかしま きよし)
- 実在の人物。有名画家である。
- 作中では自身の個展を観に来た景虎の姿に強烈なインスピレーションを覚え、そのまま「大虎」まで尾行。その後違和感なく常連となる。
- 大虎メンバーからは「先生」と呼ばれている。
[編集] 野球選手・関係者
[編集] プロ野球選手
- 大伴 旭(おおとも あきら)
- 1973年にドラフト1位で南海ホークスに入団した、六大学出身のスラッガー内野手。作品第1回の1コマめ(電車の中吊り広告)に登場。一時は安武の在籍した北大阪電機への就職が内定していたが、岩田スカウトの辛口の説得で入団。ナイターで目を傷めシーズン半ばで現役を断念、引退した。プレーオフ前に「大虎」に現れ、麻衣子との別れで悩む安武と再会。踏ん切りのついた晴れ晴れとした笑顔で店を後にする。背番号は26。
- 荻野 征男(おぎの まさお)
- 元南海の外野手。1943年度生まれ。背番号80。長年2軍暮らしだったが、安武が2軍に落ちて間もなく1軍入り。1軍入りの夜、妻が交通事故に遭ったが、安武の輸血で助かる。1973年のシーズン限りで戦力外となり、引退試合となった故郷での大洋ホエールズとのオープン戦では野村の配慮で江本が先発、9回表にレフトの守りにつき、ファンに強肩を披露する。80番を譲られた高畠康真コーチは、80番が2人ベンチに居る事を避けようと、ウインドブレーカーを着用する心遣いを見せた。
- 引退後は故郷の和歌山県田辺市で父親の「日本一まずいラーメン店・じゃん軒」を後継。現役時代に打った2本のホームランボールを漬けた「二球酒」を秘蔵する。子沢山。
- 俵星 玄之介(たわらぼし げんのすけ)
- 1979年、誤解が誤解を生んで南海ホークスに入団した外野手。背番号89。広瀬監督は代表の、代表は広瀬監督の紹介と思い込んでいた。デビューは横浜大洋ホエールズとのオープン戦で、カルロス・メイから17番のユニフォームを借りた。斉藤明雄から三振するも飛んだバットがスタンド入りし、観衆の度肝を抜く。
- 年齢は20歳。成人の祝いに晴れて「大虎」で祝杯を上げようとするも景浦から「ホークスでは22歳まで酒は禁止」と指摘され、仕方なくオレンジジュースを「みかん酒」と称して飲みまくった。
- 1980年暮れ、小林満とのトレードで日本ハムに移籍。以後の消息不明。
- 大楽 太陽(だいらく たいよう)
- ロッテオリオンズの安武専用ワンポイント投手。1973年、安武と同期で同じくドラフト外から近鉄に入団した縁があり、何かと景浦をライバル視していた。
- 腱鞘炎を患ったため2軍に低迷し1984年に一度は引退を決意するが、2軍戦で安武の物干し竿をへし折ったことで自信を得、ロッテに売り込み入団した。同年最終戦まで本塁打王を争っていた景浦の最後の壁となり、落合博満(当時ロッテ)の三冠王獲得をサポートした。安武との対戦成績が100打数20安打(打率2割)になった時点で引退を決意している(が、その後の対戦も示唆した終わり方をしているので通算成績は不明)。
- 2009年のシーズンオフに引退した景浦とまさかの再会。「大楽三振四つ見逃し三つ」というお好み焼き屋の主人になっていた。満塁フルカウントであぶに投じた絶好球をボールとジャッジされた悔しさがわだかまりとなって酒乱と化していた。あぶの温情ジャッジによって立ち直る。
- 芦川 誠(あしかわ まこと)
- 近鉄バファローズの投手。1985年のドラフト外で入団。同期のドラフト1位組みである清原和博に執念を燃やす。
- 12勝の好成績を引っ提げて1986年シーズン終盤に南海との初対戦を迎え、得意のシュートで安武のバットを折ってピッチャーゴロに仕留めるがその一球で右肘を故障。以後の消息不明(右肘は完全に壊したとの描写があり、またそれきり二度とグラウンドに立たなかったと言われることから、引退したと思われる)。
- 作者の息子である水島新太郎が所属するたけし軍団に同名のタレントがおり、恐らく名前を転用したものと思われる。
- ランディ広岡(らんでぃ ひろおか)
- 2006年オフ、景虎との緊急トレードで阪神タイガースからオリックス・バファローズへ移籍した選手。近年では珍しい主砲とエースの大型トレードとして新聞の一面を賑わした。
- 国籍も含め経歴や成績は一切不明。2007年のオープン戦では、阪神の安藤優也から本塁打を放っている。
- 梅桜 風太郎(うめざくら ふうたろう)
- ソフトバンクの外野手。2007年に入団。背番号93。大虎の近所に実家があり、祖父がよく大虎に訪れる。
- 安武に二代目の物干し竿打者となるようアドバイスされる。2008年に一軍初昇格し、見事逆転本塁打を放つ。その後、打撃不振となり、安武と景虎の勧めで、物干し竿を封印し、普通のバットを使用している。
- 宮坂 三郎(みやさか さぶろう)
- ソフトバンクのベテラン選手。2011年に初登場。プロ入りは1997年で、2006年にトレードでソフトバンクに移籍した。
[編集] その他の野球選手・ファン・関係者
- 岩田 鉄五郎(いわた てつごろう)
- 安武の高校時代の監督であり、後にホークスのスカウトとなる。
詳細は「岩田鉄五郎#『あぶさん』」を参照
- 大松 五郎(だいまつ ごろう)
- ノンプロ新潟水産の捕手。伊達の仲介で安武を紹介され、南海ホークスの入団テストを受ける。最後まで残ったもののかつて傷めた肩をかばって大きくテークバックするスローイングを野村監督に見抜かれ、不合格。その後はノンプロで野球を楽しむ。
- 伊達(だて)
- 白新高校野球部以来、安武の親友。新潟でクラブ「サンボア(聖なる盃)」を経営。詐欺に遭って窮地に立つも、安武に救われる。
- 住吉 権造(すみよし けんぞう)
- 大阪球場名物のアンチ南海ファン。帽子も「Anti Hawks」の略である「A」と「H」の組み合わせマーク入りのものを着用していた。年配の男だがよく通る声で鋭い野次を連発し、選手はあたふた、杉浦マネージャーの怒りを買う。あるとき、やくざに絡まれていたところを安武に助けられる。お礼に訪れたときに安武に助けられたと知って狼狽。しかし、やじり過ぎてつぶれた声が安武からからかわれているうちに復活してしまう。その後もしばし登場し、1979年のシーズン末の消化試合で見た景浦のサヨナラホームランをきっかけに「アンチをやめ、南海ファンとして球場が満員になるまで応援したる」と決意。1998年、大阪球場閉鎖前日には安武と再会し大の南海ファンであることがばれ、その後「大虎」で酒を飲む。
- 野村の著書によれば、この人物のモデルは実在したらしい。なお風貌は「ドカベン」の徳川監督に似ている。
- 鬼山(きやま)
- 会社の2代目、草野球のエース。阪神の入団テストに落ちて「大虎」に来店。安武が南海の選手であることを信じようとせず「蔭山に杉浦を合わせたんか?」などとからかい、散々からんだ挙句の果てに開幕二軍スタートとなった安武に対して「月給泥棒」と捨て台詞をはいて勘定し「大虎」を出入り禁止になる。
- 翌日、草野球をしていて、あと一名で完全試合達成という鬼山の前に朝7時まで飲酒の安武が酩酊状態で現われ、これに鬼山は激怒。しかし安武は「俺は一斗を超えない限りは平常(しらふ)だぜ」と打席に立ち、とてつもない本塁打(飛距離200m以上)を放つ。呆然とする鬼山に安武は「一度モズ(中百舌鳥)へ来てみな。そしたら二度と口にできねぇぜ。月給泥棒などとはな」と言い残して去る。その後姿を呆然と見送る鬼山は思わず「酒仙打者」とつぶやく。以後登場せず。
- 浅井(あさい)
- カメラマン。偶然目にしたサチ子に惹かれプロポーズをするが、安武を慕うサチ子に断られる。その後、安武の人柄に惚れ、雨中でのバッティングシーンを撮影しサチ子にプレゼントをした。この写真はいまでも大虎の母屋にあるサチ子の部屋に飾ってある。
- その後、約20年の空白を経て、安武とサチ子の娘である夏子の撮影カメラマンとして登場した。
- 初期の頃は長髪で目に鋭さがあったが、その後の登場では、口ひげを蓄えた優しい中年といった佇まいになっていた。
- 桐堂(とうどう)
- 阪急ブレーブスの上田利治監督により、景浦を酔い潰して弱点を聞き出すために派遣された酒豪。「大虎」で朝まで飲み明かし景浦を負かすが、遂に弱点は聞きだせず。それでも「生涯の飲み友達ができた!」と喜ぶ。
- 顔は大楽太陽や『ドカベン』の土門剛介に似ている。
- 江坂 俊介(えさか しゅんすけ)
- 新潟朱鷺学園高校のエース。「越後の怪腕」。小学生の頃から岩田が目をかけていた選手。2008年夏の甲子園での試合を、久しぶりに再会した安武と岩田が観戦した。
- 2008年にビジネスジャンプに掲載された読み切り作品『くそ暑い夏』の登場人物である。
[編集] 安武の女性関係とその関連者
- 山本 麻衣子(やまもと まいこ)
- 関西を牛耳る大財閥の御曹司の未亡人。夫を事故で亡くしたが、その責任を負わされた挙句に一人息子の智を夫の両親に取られて発狂。大阪球場のシーズンシートに観戦に来ては死んだ夫と会話していた。やがて安武と出会い、男女の関係になると同時に正気に戻る。しかし、ふと智そっくりの少年を見て安武と別れて舅や智の待つ家に戻る。翌年、高熱を出して寝込んだ智の為に是非ホームランをと安武に懇願。翌日のロッテ戦、安武は敬遠のところを空振り、予告ホームランなどで金田留広を挑発、見事ホームランを放つ。ちなみにレフトを指差したものの、実際はライトのポールに当たる。1978年、姑、智と共に東京に転居。
- 山本 勘介(やまもと かんすけ)
- 麻衣子の舅で関西財界のドン。交通事故で息子が事故死したのを麻衣子の責任として放逐するも、安武の説得で和解。その後、詐欺で企業乗っ取りに遭いかけたサンボアを救い、借りを返す。1978年没。刃と書かれた盃を安武に遺す。
- 田中 早苗(たなか さなえ)
- 1957年生まれ。新潟県出身。東大目指して受験勉強の傍ら、安武を応援する。目を病んで書いたファンレターを受け取った安武はてっきり幼児と思い込み、サチ子の指導でそのような返事を書いてしまう。その後見舞いに訪れて驚いているところにその返事が届き、早苗と母の強い要望でそれを読む羽目になる。その勇気に感動した早苗は志望校を東大から阪大に切り替え、見事医学部に合格。その後も交際が続く。ある日、部屋を訪れたときにサチ子と鉢合わせ。その後距離を置く。結婚して景虎が生まれた翌年、目の異常を感じた安武が受診した病院で再会する。診断して治療した上できっぱり諦めますと宣言し、検査に付きっ切りで立会い飛蚊症と診断。その後福岡へ転居。そこでも安武と再会した。一度結婚したが後に離婚している。
- 財津 珠代(ざいつ たまよ)
- 在福民放テレビ局の女子アナウンサー。カコの阪大の友人として登場。実家は大分の名家。安武に一目ぼれし、彼を追って福岡のテレビ局へ入社。実家には既婚者である安武を婚約者として連れて行き、父親も安武を大いに気に入る。夢は安武の子種をもらうことだったらしい。安武のマンションによく出入りし、ワカの介護(?)をしている。実在のプロ野球選手である下柳剛に言い寄られた時もあったが、下柳のほうから身を引いている。最近では大相撲で活躍する玄海灘関から「横綱になったら結婚してください」と言われ、「なったら結婚してあげるわよ」と考えている。
- 武藤 ワカ(むとう わか)
- 女流小説家。生年月日は1889年7月24日。自宅は久留米で代々続く酒造所で、息子夫婦が安武に福岡遠征のおりに日本酒を差し入れていたことが縁で出会う。元々は酒造日記をつけていたことが作家としてのはじまりで、息子に酒造所を任せたころから本格的に作家業を開始。見事100歳のとき、『酒とバット』という作品で「新人作家賞」を受賞し注目をあびる。若い頃は文学少女だったこともあってか作品には恋愛小説が多く、安武に惚れている。普段は久留米の実家の離れを書斎にしていたが、安武と知り合ってからは福岡にある安武のマンションも書斎として使っている(前述の珠代のお目付け役も結果的に担っている)。一時期、死の淵をさ迷ったことがある。
- 武藤 一之進(むとう いちのしん)
- ワカの息子であるが作中での登場はワカより早く、安武が南海時代からだった。
- 平和台球場での西武vs南海戦の雨天中断中にレフトを守っていた安武に自らが作った「古稀」という酒を飲ませ、以降懇意となる。また、過去に新人時代の東尾修(当時・西鉄ライオンズ)を福岡の居酒屋で一喝したこともあり、後年、一之進が倒れた際に安武が見舞いに来た際、東尾もまた見舞いに来ておりそこで酒を酌み交わすシーンが描かれている。
- サチコ
- ミナミのスナックのホステス。ルーキー時代にラッキーなヒットを打った安武が佐藤道郎、大伴と訪れた。その際に他のホステスから相手にされない安武にサインを依頼、しかし慣れない為に景の字を日京みたいに書いてしまうなどおかしなものになる。しかし、安武が去った後に別の客が「やつは必ず大打者になる。売ってくれ」と懇願。他のホステスの白い目をよそにサインを売る。その翌日にもラッキーなヒットを打ち、佐藤道が同じスナックに招待。いつしかジンクスとなっていく。しかし、淡い恋心を抱いたサチコがサインを抱いてしまった翌日はジャストミートした打球が野手の正面を突き、安武の足も遠のき、2年後に同じ店を訪れた際にはサチコも退店していた。その後、別の店で安武のサインを客に破かれたことに逆上してその客を刺してしまい、留置場で面会に訪れた安武に再会する。
- 山中 奈保美(やまなか なほみ)
- 女子プロボウラー。交通事故に遭ったところを南海入団後最初の練習に向かう途中だった安武が目撃し、タクシーで病院に搬送される。その応急措置の際に彼女の乳房を見てしまった安武は、しばらくの間その煩悩に悩まされることになる。
- 香奈 香(かな かおり)
- 演歌歌手。伸び悩んでいた1979年のある日、ホテルの入り口で安武と偶然相合傘になったところをスクープされる。これは「大虎」をしばしば訪れていた作曲家の仕組んだ演出だった。後にその作曲家は安武と酒をイメージした新曲を発表、記者会見でそのことを明らかにする。その新曲は大ヒット。香はカムバックを果たす。
- 司 美代子(つかさ みよこ)
- 安武の小・中学校時代の同級生。ファーストキスの相手。それがもとで安武は番長にぼこぼこにされる。1学期途中で転校するが、お別れにホームランを打つと宣言。1打席目でホームランを放つも美代子は間に合わず、試合場に駆けつけたときには安武はいいところなし。しかし「あいつが2回に打ったホームランはまぐれかよ」という客席の声を聞いて安武が約束を果たしたと知り、置手紙を残して去る。1974年オフに大阪で再会した。
- 早紀(さき)
- 福岡ダイエーホークス(当時)の女性ファン。安武が結婚後に妻のサチ子以外に唯一キスを交わした相手でもある。1999年シーズン中に福岡ドームへ母と共に観戦にやって来た際、福岡ドーム恒例のファンサービス「ラブラブ・ゲーム」で安武とビジョン越しながらキスを交わす。安武はその日の試合でタイムリーを含む3安打を放ち、あとホームランが出ればサイクルヒット達成という好成績を残したため、ファンからは勝利の女神と囃される。しかし翌日、安武の元に自作の安武をモデルにした人形と手紙が届き、その手紙の内容から、実は重い病気を患っており観戦した日の翌日に手術を控えていたことが分かる。手術は成功し、1999年オフには退院。退院したその日に突如安武がかすみ草を持って自宅を訪れ、そこで彼女は友達からラブラブ・ゲームの再現と言わんばかりに安武との生でのキスを勧められる。安武は「生はないよ、生は・・・」と困惑するも、彼女は意を決して安武にキス。その直後に「苦しかった入院生活を思うと、今こうしていられることがうれしい」と涙を流す。ちなみに好きな花はスイートピーだったが、安武がかすみ草を持ってきた事から、一転してかすみ草が好きな花になる。また、安武とキスの瞬間「これでダイエーV2よ!」と友達に囃されるが、翌2000年は本当にダイエーが2年連続のリーグ優勝を果たす。
- 真田 清子(さなだ きよこ)
- 新潟の天才野球少年・九ちゃんの母親。夫を亡くし、一人で息子を育てていたが、体をこわし入院してしまう。2008年春に退院し、安武の誘いで、小林夫妻の住む家に息子と共に同居することとなった。
[編集] 安武が旅先で出逢った人たち
- 田沼(たぬま)
- 1974年、富山へのオープン戦の移動に遅刻し、一人チームを追った安武が急行列車で乗り合わせた薬の行商人。酒を表す「県醒め」、「村醒め」、「軒醒め」という言葉を教わる。その夜、安武が呑んでいると悪酔いして暴れる高校生風の男と生花の師匠とのトラブルに遭遇。暴れていたのは田沼の長男・一郎で、受験に失敗して荒れていたもの。一郎は翌年に見事合格。一郎が大学に受かるまで酒断ちをしていた田沼は一郎と安武と3人水入らずの祝杯を挙げ、心から楽しいひと時を過ごす。翌日、一郎が起こしに行ったところ幸せそうな顔で死んでいた。
- 田沼 一郎(たぬま いちろう)
- 田沼の長男。元々は高校球児で南海ホークスからドラフトで指名された程だったが、母の死をきっかけに進路を転換。一浪したものの東京の大学の薬学部に合格。父に内緒で安武に手紙を出して合格を知らせる。祝宴の翌日父親が死んだ際、酒断ちをしていた父親に酒を飲ませたことを悔やむ。安武は「俺が息子だったら一生悔やむだろう。しかし、俺が親だったらこんなに嬉しいことはない」と慰める。
- 鈴木(すずき)
- 熱心な日本酒のコレクターで、日本酒の銘柄の9割は取り揃えたという居酒屋「酒の店」を経営。店にビールも置かず、日本酒を飲まない客は叩き出すというガンコな一面も。
- 娘の交際をめぐってこじれていたのを安武に仲裁されてから昵懇の仲になり、のちにやはり安武のおかげで別れた妻と復縁を果たした。北海道で事故死した長女がおり彼女を祀った地蔵を建立、この地蔵が北海道遠征中の安武の命を救うという奇縁もあった。
- 2000年の日本シリーズ後、安武と王貞治、長嶋茂雄の3人が来店した時には感激のあまり店を貸切にしてしまった。現在では安武の東京遠征時における「大虎」的な場所になっている。
