あくび指南
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あくび指南(あくびしなん)は古典落語の演目の一つ。上方では「あくびの稽古」と呼ばれる。
原話は、安永5年(1776)に出版された笑話本「立春噺大集」中の一編「あくびの寄合」。
主な演者として、東京では5代目古今亭志ん生や3代目三遊亭金馬、上方では3代目桂米朝、2代目桂枝雀などがいる。
注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。
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[編集] あらすじ
町を歩く八五郎と半七の二人連れ、角のとある家に墨黒々と「あくび指南所」と書かれた看板があるのを発見。
「稽古所と言やぁ常盤津や長唄、茶の湯ってのが相場だが、『あくびの指南』ってのは珍しい。一つ入ってみようじゃねえか」
興味津々の八五郎、対する半七は「つまらん真似を」と渋い顔だが、付き合いで八五郎ともども件の「指南所」を訪れる。
「普段、みなさんのやっているあくびは『駄あくび』と申しまして、一文の価値もありません。本来なら、人さまに失礼なものである『あくび』を、風流な芸事にするのが、この稽古場なんでございます」
師範はいかにも「老成した大家」風、そのもっともらしい講釈に八五郎は感心。側で見ていた半七は馬鹿馬鹿しさにはなから唖然とする。
「それでは、まず季節に因んだあくびから始めましょう。ただいまは夏ですから、『夏のあくび』から始めましょうか……」
お題。隅田川あたりで、舟に乗っている場面を想像されたい。
「あなた、舟のお客です。他には船頭がひとり。ふたりサシで日がな舟に乗っていたと思いなさい。お客はぼんやりと、キセルで煙草を吸っています」
扇子をキセルに見立て、体をゆすって舟が揺れている気分を出して……
「こうやります。『おい船頭さん、上手へやっておくれ。一つ堀から上がって、一杯飲って、吉原へんで粋な遊び、とでも行こうじゃないか。舟も、いいが、こう一日乗ってると……退屈で、退屈で……あーあ(と堂に入ったあくびを入れる)、なりませんな』」
「へー、意外と面白いねぇ。えーと、『おい、船頭さん!!』」
「もっとゆっくり、落ち着いた声で」
「へぇへぇ。『おい、船頭さん、上手へやっとくれ』」
無意味の極致のような指南のやり取りがしばらく続く。
「船もいいが、一日乗っていると、退屈で、退屈で……ハークション!!」
あまりの阿呆らしさに、半七は驚きを通り越してあきれ返った。
「教わる奴も教わる奴なら、教える奴も教える奴だ……何が『退屈でなりませんな』だ! 散々待たされてるこっちの方が、よっぽど退屈で、退屈で、『あーあーあ』……かなわねえ!」
半七、あくび混じりの不機嫌なぼやき。
師範いわく「おやまあ、お連れさんのほうが器用だ」
[編集] 上方の演出
前半部は江戸と同じだが、後半部のサゲにつながるあくびは上方では、将棋の場合で
「長い手合いやなあ。・・・下手な考え休むに似たり、・・・もうこの将棋詰ンでンねやがな。・・・・まだか・・・・待つのもええが、こう待たされたら、退屈で、退屈で、『あー あー』たまらんわい。」という言葉のやりとりで、サゲとなる。
[編集] 『指南所』いろいろ
本編に限らず、『指南所』関係の噺は、安永年間(1772~81)以後、町人の間に習い事が盛んになった時期に作られたものが多いという。
この「あくび指南」の他にも、かような『指南噺』が「寝床」などの枕として入ることが多い。
[編集] 喧嘩指南
喧嘩っ早い男、『喧嘩指南』という看板を見つけ「とっとと教えやがれ!!」と威勢よく稽古場に乗り込む。
稽古場の師匠もさるもので「それが弟子入りする態度か!? とっとと帰れこのトンマ!!」
「なにをぅ!? えらそうな事を言うな! マゴマゴしてやがると張り倒すぞ!」
聞いた師匠が「うん、てめえはモノになる」
ひどい弟子入りもあったもので……
[編集] 釣り指南
『釣り指南』というので、川にでも行くのかと思ったら何故か二階へ通される。
「まずはコツをつかむことです。手すりを川べりに見立てて、そこから下へ糸をたれてください」
師匠に言われ、その通りに釣り糸に糸を垂らした弟子を、師匠、下からひっぱり落とした。
「いたたたた……今かかったのは何の魚です!?」
「河童でございます」
[編集] おかしな口伝
3代目三遊亭金馬によれば、この噺は『待っている友達(登場人物)以上に、聞いている客の方があくびをするぐらいに、ことさらまずく演じる』のがコツなのだという。
それを実践したわけではないのだろうが、ある高座で「あくび指南」のオチに差し掛かったまさにそのとき、客に大あくびをされた噺家が、即興でかようなサゲを付けたと伝えられる。
「あのお客さまはご器用な方だ」
落語の深遠なる馬鹿馬鹿しさ、ここに極まれりである。

